| 名も亡き英雄 -Page9- |
| 投稿者:JR(名取) 投稿数:96 |
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ジャンル:ファンタジー
点数:8 点
----------a scene A-a
「ミルドリオン様!」 (プリッシュ、良かった。まだ、無事の、ようですね――。時間が、ありません。一度しか、言わないので、よく、聞いて下さい) 終戦して直後のタブナジア地下壕。その一角でプリッシュが、突然に姿を消した待ち人――ミルドリオン枢機卿と、衝撃的な再会を果たしていた。 (タブナジアへ、危機が、迫ろうと、しています。恐ろしく、大きな闇が、皆を、飲み込もうと、しています。私は、躯を、失ってしまいました。今や、このような手段でしか、交信も、出来ません――) 「ミルドリオン様! どういうことだよ! それじゃ、判らない!!」 冒頭の場面は、丁度これと同時刻。しかし、場所はフォミュナ水道へ移る。ここでも、再会を果たそうとするある二人の姿が在った――――。
----------a scene A-b
場面は、上記の通りフォミュナ水道。能力制限の結界が施されたこの土地で、バイソン装束を身に纏い、悠然と行方を進めるミスラ族の姿があった。ローラである。 と、進めていた足を停止し、表情をはっとさせる。だが、それも束の間。刹那には、表情は元通り。歩行を再開した。否、“元通り”という言葉では語弊があるかもしれない。悠然としたその表情に、薄っすら混色するのは愉快な様だ。 『お帰りなさい』 『ああ、ただいま』 言葉には出さず、心内で思考する。それへ返答するように、少年の声が、彼女の心内に渡った。 彼女は、その正体を知っている。先程、自身を先に目的地へ向かわせた少年――クレイオールである。彼女は、再び心内に言葉を投げ掛けた。 『それで? あの男はどうなりました? まさか、魂だけになって、命からがら逃げ延びて来たわけではないのでしょう?』 『いいや、強ち間違いという訳でもないね。相打ちさ。正確には、そう仕向けられたのだけれど。躯(からだ)を失ってしまった。そういうわけで、暫く厄介になるよ』 質疑こそすれども、その真意は皮肉だ。クレイオールの方も、彼女の性分は十分に理解しているのであろう。敢えて反応はしない。平然と言葉を返す。 と、ローラは、前方に二つの影を視認する。出入り口と思しき空洞を塞ぐ、侯国の制式である鎖帷子を纏った凹凸の人影。 『いいのかい?』とクレイオール。答えは分っているのだろう。調子にどこか含みがある。その事を理解しているローラは、返答をしない。歩調にも変化は無い。が、瞳を僅かに睇視する。無色の双眸の奥底から、内包する常闇が、じわりと滲んだ――――。
----------a scene A-c
ここで視点を、二人の門番へ移そう。場面は変わらない。前方から、バイソン装束を纏った『私は不審者です』と看板をぶら下げているようなミスラ族が歩み寄る。そんな場面。 最初にその姿を発見したのは、左方に立つヒューム族の男性であった。上記の通り、制式の鎖帷子を纏った、まだ若い青年だ。 「どうした?」 目を凝らし、怪訝な表情を覗かせる相棒へ、隣人が問いかける。彼はエルヴァーン族。相棒と同様に、制式の鎖帷子を纏った若い青年である。ヒューム族が、表情を変えずに答えた。 「なあ、あれ……」 「んん?」と、相棒と同様に目を凝らすエルヴァーン族。成程、歩み寄るミスラ族を視認する。やはり変調しないまま、ヒューム族が口を開いた。 「ジャスティニアスさんに、連絡をした方、が―――――」 刹那である。言葉の途中であるにも関わらず、二人の若い隊士が倒れた。強烈な睡魔に、意識を掠め取られたのだ。二人は、強制的に夢の世界へと、エスコートされてしまったという訳である。 この場面の登場人物は、一人しか残存していない。二人の若い隊士を蝕んだ夢魔の飼い主は、勿論この一人――ローラである。
度々ではあるが、ここで再び視点を移す。その行方はローラ。時間は僅かに遡る。心内で共存する少年の魂に、言葉を投げ掛けた。 『ねえ、あの二人、黙らせられますか?』 『可能だけれど、君の身体を借りることになるよ』 『構いません』とローラ。やはり変調は窺えない。クレイオールは、宿主である女性の心内に、一つの感情が沸々と湧き立っている事を知覚した。 成程“腹の足し”という訳だ。先程、絶好の食餌を前に、食事を耐忍しているのだ。空腹感は絶頂であろう。それを紛らわすための“間食”としてはもってこいというわけだ。しかし、不運な二人。空腹のハイエナに出くわした、哀れなハンター達。 『今、何か失礼な事を考えていませんでした?』 自身の腹中で渡った少年の思考へ、ローラが質疑した。しかし、その考えは全てお見通しのようだ。そして彼の性分も。表情へ苛烈は覗えない。 『いいや、別に』と応答するクレイオール。『それじゃあ』と続ける。刹那、表情をはっとさせるローラ。踏み出した足を、その場で停止して、首を垂らす。が、直ぐにその意識は舞い戻った。ただし、クレイオールとして。 垂らした顔をゆっくりと上げる。悠然とした笑み。が、その奥底に、滲み出すような感情(闇)は覗えない。同一の速度で、体躯の脇に垂らしていた右腕を、前方へ差し出す。掌から、ふわふわと、精霊の化体が昇って行く。そして呟いた。 「汝が魂、眠りにつけ」 両翼を広げるように、拡散して一斉に還り立つ精霊達。それと同時に、不可視の精霊達が、前方の隊士達の精神へ取り付く。主の命令は催眠。精霊達は、相手の精神へ同調すると、従順に夢の世界へと誘導した。結果として上記のように、二人は、成す術もなく夢へ落ちたというわけである。 前方で、若い隊士達が倒れるのとほぼ同時。ローラの首が再び垂れる。やはり刹那に上げると、歩行を再開した。 どうやら主導権はローラへ戻ったようだ。成果を視認して、ご満悦といったところか。口角が、僅少だが更に持ち上がった。
一つ、また一つと歩み寄る度に、彼女の最中の飢えが増大してゆく事を、共存者は知覚していた。 節操は有るようだ。ご馳走を目前に、脇目も振らずに飛び付くという下品な真似はしない。寧ろ、腹中で増大していく“感覚”を楽しんでいる様子もある。そういう意味では、余程、彼女の方が獣よりも狂っているのかもしれない。 と、足を停止する。横たわる二人の目前へ到着したのだ。じっくりと交互に見渡すローラ。 そっと屈んだのは、エルヴァーン族の脇。突っ伏す彼を仰向きにする。左手を、そっと寝息を立てる青年の頬に添えて、顔を近付けた。右手は背面に忍んでいる。近付けた口元は耳孔の直ぐそこ。呼吸をすれば、そのまま伝達するであろう。相互の頬同士は密着している。口を開いた。 「さあ、起きなさい」 囁くというのも過言な程に。換言すれば、吐息、そう表現しても差異はないであろう。だが、しかし、その危うい声音の言葉は、夢の世界で横たわる彼の心内へ、確かに染み渡ったようだ。「ん……」と唸りながら、エルヴァーン族が薄っすらと瞳を開いた。顔をあげて、彼の薄っすらと開いた双眸を覗き込むローラ。再び口を開く。 「さあ、こちらを御覧なさい。逸らさずに、じいっと私の瞳を見詰めるのです」 艶を絡めた嬌声。まるで、言い聞かせるように、ゆったりと、十分な間を取って。 接触。名は“誘導”。靄が棚引く彼の意識を、甘く揺らめく灯火が誘う。おいで、おいで――。目標へ向かうのが人の性だ。勿論ではあるが、彼も例外では無い。まだ定かでは無い意識の最中、唯一の目視する事が出来る目印に向かって、歩み始める。辿り着くと、足を止めて手を伸ばす。 エルヴァーン族の双眸が、蕩ける様に睇視していく。伴って抜け落ちていく表情。ローラが再び口を開いた。 「立ちなさい」 変調しない声色。過程は次項へと移行する。名は“魅惑”。 彼と接触した灯火は、その心魂に宿る。その最中でも同様に揺れる灯火。徐々に心魂は爛れ、思考が欠損していく。ねっとりと蕩ける心魂。その残骸は、血流へ混ざり、全身へ行き渡る。全身を嘗め回すその甘美な感覚。 宿主は、麻痺した思考でこの毒に陶酔することであろう。囁くのだ。『偽りの自分を脱ぎ捨てろ』と。『本当の自分に戻るのだ』と。 すっかり虚ろな表情となったエルヴァーン族。彼女の言葉へ忠実に従う。 彼の後を追うように、ローラも立ち上がる。背面より彼を抱擁した。まるで、広げた翼で包み込むように、ゆっくりと、柔らかく。再び彼の耳元へ口を近付ける。 「ふふ、いい子ね。あなたは小鳥。私は鳥籠。さあ、入っておいで」 「ああ……」 エルヴァーン族へ、表情がじわりと滲む。その様は“恍惚”。頬を赤らめ、薄く開いた口元から、情感に濡れた言葉が漏れる。それを模擬する双眸。全身へ染み渡る甘美な毒へ、うっとりとしている。 ローラは、すっかり飼いならした下僕へ、続いての過程――“妖惑”を施した。 「私の前では、緊張や、警戒といったものは必要ありません。貴方の心の中にあるのは、全身を甘く蕩けさせる心地良さだけ。ほうら、こうやって聞いている今も、貴方の心は、甘く、甘あく、蕩けてゆく」 今や、彼女の言葉が“彼”だ。形となる言葉。心魂は、言葉の通り甘く蕩けていく。 「今から、質問をします。素直な気持ちで、正直に答えなさい」 「はい……」とエルヴァーン族。声色に力は無く、ご主人様の命令へ返事を遣す。ローラは言葉を紡いだ。 「先程、ここを若い男が通って行きましたね。彼は何者ですか?」 「ミルドリオン枢機卿様です。アルタナ信仰の指導者で、数年前に、忌み子の呪縛を祓いに来たのだと、巫女様を連れていらっしゃいました」 「それでは、目を瞑――」 『成程ね』 「――?」 言葉を止めるローラ。傍観を決め込んでいた共存者の言葉が、心内を渡ったのだ。ローラの表情が変わる。先程までの様を潜め、疑念が浮かび上がった。突然舞い込んできた思念に、怪訝を表す。共存者の心情を知覚した彼の話は続く。 『あの男は、やはり徒者では無かったという訳さ。なあに、こちらの話だよ。どうぞ、御食事の続きを』 実に簡素な説明。ローラは第六感の特殊能力を持っているわけではない。これで合点承知という訳にはいかない。 が、彼女は元来のような笑みを浮かべた。半ば呆れる様子であったが。彼の事情に興味は無いようだ。
この二人、目的は異なるが、利害は一致している。女は復讐の為に。男は、彼女へ『黄金のチョコボを求めている』とだけ告げていた。 “黄金のチョコボ”と言えば、詩の一節に登場する架空の存在――つまり、お伽話である。事実上、ローラは、このクレイオールという少年に、何も知らされていないという事に等しいわけだ。 それでも、彼女は彼へ協力する。それは、自身にとってこの少年の事情なぞ、知る必要のない事であるから。そして、こちらは彼の心魂を誘惑する事が出来ないが、彼は自身を容易に消滅する事が出来る。そういった、力関係が存在するからである。 ならば、こちらも“この状況”を利用するまでだ。それで自身の目的を達成する事が出来るのであれば、彼の待遇なぞ、安い対価である。
失礼、話を本題へ戻そう。エルヴァーン族は、依然としてローラの腕の最中で立ち尽くしていた。ご主人様の甘美な御言葉を待望しているのだ。ローラは口を開く。 「それでは、目を瞑りなさい」 そっと瞑目するエルヴァーン族。変調は窺えない。ローラの言葉は続く。 「今から、あなたに言葉を与えます。その全てを真実だと認め、忠実に実行するのです」 「はい……」 「ミルドリオン枢機卿の事を、思い浮かべなさい。鮮明に、あなたの心内へ、映し出されるはずです。彼は、とても重要な事を、出かける前に、あなたへ伝えています。絶対に、忘れてはいけません」 先述にも記したが、今や彼女の言葉が“彼”である。瞼の奥に、枢機卿の姿が浮かぶ。その幻影たる彼が口を開いた。 『私は、今からサンドリア大聖教の高僧様方と一緒に、戦争の跡地へ巡礼に向かいます。留守中は、サンドリアからいらっしゃるローラ様という枢機卿が預かって下さいます。彼女が訪れたら、速やかにマザーの下へお連れして下さい』 言葉の正体は勿論ローラである。が、彼は暗示によって、ミルドリオンからの大切な伝言だと思い込んでいる。「はい……」とやはり力無く答えた。ローラは、満足そうに、更に口角を持ち上げる。彼を解放して、瞳を移した。 「さて、それでは――」 その行方は、ヒューム族の隊士。未だにすやすやと夢の最中。ローラは、何も言葉せずに口角を僅かに持ち上げる。まるで、滲み出るように。身体を彼に向け、腰を下ろした。彼女の渇きは、まだまだ癒えていない――。
----------a scene B-a
“お食事”を終えたローラは、二階に在る祭壇へ向かい、階段を昇っていた。その表情へ、先程までの狂気は窺えない。温静で柔和な笑み。こうしてみると、彼女の顔立ちが清楚である事が窺える。“枢機卿ローラ”の顔。つまり“余所行き”。 共存者にはこの変貌が愉快なようだ。『君じゃないみたいだ』といつもの調子で少年の言葉が渡る。ローラの応答は無視であった。 そして僅か前方には、餌食となった隊士の一人が先導していた。最初に暗示を与えられたエルヴァーン族だ。が、その表情へ先程までの様子は窺えない。正気のそれである。 彼は、自身が洗脳を施された事なぞ、すっかり記憶の奥底に仕舞い込んでいた。その鍵は彼女の掌中。状況を選ばずに“忠実な下僕”へ戻す事は容易い。そうやって、催眠状態の時に暗示を吹き込み、覚醒状態に戻して記憶を改竄する。 その要領で、彼も記憶を改竄されているのだ。つまり、現状の彼にとって、後方のミスラ族は“不審人物”なのでは無く、“枢機卿ローラ”なのである。ミルドリオンより言伝されている通り、彼女を、タブナジア大聖堂のマザーの下へ、案内しているに過ぎないのだ。 そして、彼の相棒たるヒューム族の青年もまた、彼女の“忠実な下僕”へと仕立て上げられていた。エルヴァーン族と同様に、記憶を改竄されている。別の暗示というおまけ付きで。内容はこうだ。 『このまま、ここで監視を続けていなさい。誰であろうと、どういった理由であろうと、絶対に通してはいけません。出る者も、入る者もです』 かように妖惑された彼は、今も“任務”を忠実に遂行している事であろう。 これでタブナジアは閉鎖された。ローラの思惑の第一段階が完遂されたという訳である。
階段を昇り切ると、質素な祭壇が視界に広がった。その中に犇めき合う多衆。シスター、国民、それに兵士。老若男女。種族に至るまで正に坩堝である。こういった時期だ。例え、信仰者で無くとも、女神様の恩恵を、お零れでもよいから承りたいというのが、人の性である。縋り付く拠り所が無くては、その心情に押し潰されてしまうのだ。 ローラの仮面の奥で、感情が滲んだ。その正体は歓喜。その無色の双眸は、他人の心内を覗き見る能力がある。というよりは、勝手に入り込んで来るのだが。 心魂はその多衆の数だけ。心情もまた然り。悲哀、苛烈、焦燥、悔恨、不安、飢渇――。例を挙げれば切りがない。共存者からして見れば、喧しい限りであるが、彼女からして見れば、正に楽園であるというわけだ。 しかし、その本性は仮面の下。穏やかなる笑みの“枢機卿ローラ”。 一方で、彼女を先導していたエルヴァーン族の隊士は、傍人へ声を掛けていた。まだ若年であるヒューム族の女性。服装からシスターであるようだ。 話を聞いた彼女は、ローラの方へ顔を向ける。にこりと笑み「少々お待ち下さい」と告げると、人波に姿を消した。隊士も姿を消す。案内を終えた彼は、相棒と一緒にご主人様の命令を遂行することであろう。 少しして、再び先程のシスターが戻って来た。その隣には、エルヴァーン族の老女の姿がある。 ベールを纏う、浅黒く小さな顔。皺は深いが、清楚だ。双眸は、真珠のような綺麗な黒。細い輪郭に、真直ぐと伸びる背面。上品な佇まいである。 その老女とヒューム族のシスターが、ローラの前で足を止める。佇まい通りの上品な笑みを浮かべると、ローラへ一礼をした。口を開く。 「遥々お疲れ様でございます。ようこそいらっしゃいました。マザーを務めるマラーニャと申します。話は、彼女より伺っております。詳しいお話を伺いましょう。どうぞ、こちらへ」 「サンドリア大聖堂の枢機卿であるローラでございます。突然の訪問にも関わらず、迎え入れて頂き、感謝いたします」 返礼するローラ。声色まで余所行きだ。成程、共存者の心持ちも頷ける。先程までの嬌声が嘘のようだ。再び心内で笑う共存者を他所に、先導するマラーニャに続く。行方は祭壇の奥だ。
群衆を割って行方を進める。上記にもあるが、縋り付く拠り所が無くては押し潰されてしまうのであろう。独存する者は少ない。と、彼女はそれを知覚した。 吸い寄せられるように泳ぐ双眸。疲弊した群衆の顔が映る。が、彼女の注意を奪ったのは、そんなものではない。その奥、祭壇の片隅で蹲るエルヴァーン族の少女であった。 群衆に隠れ、その姿は窺えない。だが、ローラは、その正体を確信していた。大聖堂の前で目撃したあの少女である。 膨張した衝動が、心魂(囲い)を破壊する。響く心音。胸元を根源に、全身へ蔓延する火照り。じわり、じわりとまるで滲んでゆくように。 双眸は既に先導するマラーニャの細い背面を映していたが、意識は未だに少女の下。彼女の心魂を深淵へ引きずり落とす絶望は、ローラにとっては、蕩散してしまいそうな悦楽となる。 もうすぐだ。もうすぐ、あの絶望に打ち拉がれた少女が、自身の言葉により変貌する。憎悪という炎に心身を焼かれ、この復讐劇の駒となるのだ。 早く見たい。怒れる彼女の形相を。早く浴びたい。怒れる彼女の心情を。 誰にも悟られないように固唾を飲み込むローラ。その卑猥な本性を、仮面の下に閉塞する。 と、マラーニャが停止した。慌てて意識を引き摺り戻すローラ。マラーニャの隣まで足を進め、停止した。 木箱に乗った、小さく見窄(みすぼ)らしい女神像が視界に入る。マラーニャが口を開いた。ローラは顔を向ける。 「突如、オークの大群が押し寄せて、戦渦の最中で何とか運び出せたのはこれだけでした。このように小さなものですが、私達は信じているのです。祈り続けていれば、いずれ神授がある事を……」 暗い声色。マラーニャの表情は、不安でかげっていた。女神像を見詰める黒真珠は、その奥に心情を湛えている。 枢機卿は、微笑み口を開く。今度はマラーニャがローラへ顔を向けた。 「大切なのは、信じる事です。教えを忠実に守り、毎日祈り続けていれば、あなたがたの行いに対して、必ず、主はお答え下さるでしょう」 マラーニャの表情から、陰が引いていく。言葉は、希望という光明となり、双眸の奥に居付いていた暗闇を照らした。 払拭とまではいかないが、それは確かに彼女の心魂へ降り注いだようだ。口元には小さな笑みが、蕾のように、小さく咲いている。不安を湛えていた双眸は、光明が宿っていた。 ローラの言葉によって降り注ぎ、出芽した意思。微笑んだまま口を開く。 「有難う御座います。そのお言葉、しっかりと胸に刻んでおきます。さあ、どうぞ。あちらでお話を伺いましょう」 再び二人は歩き出す。顔を僅かに落とす後続のローラ。その口元は吊り上がっている。少女を近くにして、感情が高揚しているのであろう。哀れなマザー。第二の生贄だ。 そして清楚な信仰者と、空腹の猛獣は、“食卓”へと姿を消した――――。
----------a scene B-b
食事は直ぐに行われた。ドアを背面に佇むマラーニャ。表情に生気は無い。その黒真珠は、対面する女性の双眸へ吸い寄せられていた。相手の心魂を誘惑する魔性の瞳。ローラである。枢機卿の仮面は既に外している。
先導していたマラーニャは、ドアを開き、後続が通過するのを待つ。自身を横切るのとほぼ同時にドアを閉めると、後続者たるローラは、体躯を反転させた。マラーニャの肩を取り、自身へ体躯を向かせる。はっとするマラーニャの双眸を覗いて囁いた。 「さあ、こちらを御覧なさい――――」 そして現在に至るというわけだ。
呆然と佇むマラーニャの体躯を寄せる。僅かに力を加えただけで、ふらふらと自身の胸中に収まるマラーニャ。ローラが言葉を紡いだ。 「あなたは小鳥、私は鳥籠。さあ、入っておいで」 「ああ……」 情感に濡れた声色で返答するマラーニャ。ローラは、自身より長身であるマラーニャの顔を片手で抱くと、そっと肩へ落とした。マラーニャは抵抗することなく、彼女の腕の中に収まる。瞳を細めるローラ。その最中に心情が滲む。マラーニャの腕を回すように撫でながら口を開いた。 「さあ、目を瞑りなさい」 従順な下僕。様子を変えずにローラが紡ぐ。 「私の瞳を思い浮かべなさい。あなたの心を、安寧へと導いた私の瞳を……。ほうら、顔も、身体も消え、私の瞳だけが、貴方の瞳を射抜きます」 門番の時と同じだ。言葉は心象となり、マラーニャの思考へ映し出される。実際に彼女は瞼の裏で、先程、自身を覗いたムーンストーンを思い浮かべていた。宙に浮いた二つの輝石が、自身の双眸を射抜いている。 「きらきらと輝いて綺麗でしょう。どんどん光が強くなっていきますよ。ほうら、辺り一面が光で覆い尽くされる。感じなさい。あなたもこの光の一部であることを」 マラーニャの表情へ恍惚が滲む。ローラの言葉は続いた。 「あなたは、この光の最中では、とっても素直な気持ちになって、私の言葉に逆らう事が出来ません。少しでも、私の言葉を疑問に思えば、忽ち消えて、真っ暗になってしまいます。忘れないで下さい」 「はい……」と力無くマラーニャ。ローラの心内に少年の言葉が渡る。 『ローラ、彼女にもあの男の事を聞いてくれないかい』 『ええ』とローラ。口を開く。 「ミルドリオン枢機卿について知っている事はありますか?」 「サンドリアの枢機卿様である事しか存じておりません」 『じゃあ、シーナについて』 「では、巫女については?」 「ミルドリオン様は、聖なる力を宿す巫女であると仰っておりました。実際に、忌み子を呪縛より解放いたしました」 「その忌み子というのは?」 「プリッシュという少女です。五年程前に、あの子は高熱を出して寝込んでしまいました。母親の必死の祈りと、周囲の手厚い看病により、復活いたしました。しかし、その時期から神隠しの噂が流れ始めました。最初はプリッシュの母親。そして、信仰者達が次々と行方を晦ましていったのです……。やがてその嫌疑はプリッシュにかけられました。あの子は悪びれる様子も無くこう答えたそうです。 『父が私に仰いました。皆を楽園へ連れておいでと。そして皆も楽園へゆく事を望んでおりました。だから、私は導いたのです』 捨て子の彼女へ父親は存在しません。悪魔に取り付かれた忌み子だと彼女へ烙印を貼った当時の高僧達は、彼女を幽閉いたしました。それから1年程経つと枢機卿様が訪れ、あの子の呪縛を解放いたしました。そして仰いました。『彼女は自身に掛けられた呪いより解放された。もう、以前のような事は起こらないだろう』と。事実、あの子は見違えました。それでもやはり、私達、信仰者達とは常に一線を引いておりましたが……」 『目標は決まったね。次は、この大聖堂で一番に歌が上手な人間を聞いてくれないかい』 マラーニャの話が終わるや否や、クレイオールの言葉が渡った。ローラの笑みが含みを有す。彼に返した。 『あら、賛美歌だなんて。そんな“いい”趣味が?』 『ああ、どうしても気になる歌あってね。その人の歌声で聞きたいんだ』 変調しない様子で答えるクレイオール。ローラは『わかりました』と返す。その口元には、依然として含みを有した笑み。口を開いた。 「この大聖堂で、一番に歌が上手な人間を教えなさい」 「ウルミアです。以前は緊張していて上手に歌えませんでしたが、彼女もある時期を境に、とても上手に歌うようになりました」 「そのウルミアという女性と親密になりたいです。図って頂けませんか?」 「はい……」と答えるマラーニャへ、ローラは満足そうに笑みを深める。彼女の頭を抱いていた掌を外すと、口を開いた。 「今から、三つ数えて、起きなさいと、あなたに告げます。そうすると、あなたの、心の中から、光がすうっと引いていき、目を覚まします。しかし、安心なさい。消えてしまう訳ではありません。あなたが望めば、また、いつでも、今のような快い心地に戻る事が出来ます。この事は、忘れてはいけません。さあ、それでは数を数えますよ。一ぉつ、二ぁつ、三ぃっつ……。起きなさい」 言葉の通り、薄っすらと瞳を開くマラーニャ。ローラの肩に預けていた顔を起こす。まだ眠気眼のまま、口を開いた。 「あら、私……」 「話は済みました。さあ、行きましょう」 ローラの表情は“枢機卿”へ戻っている。マラーニャの記憶は曖昧だ。しかし、確かに話は済んだ気がする。意味も分らないまま「ええ」と答えると、体躯を反転させるマラーニャ。ドアを開き歩き始めた。 洗脳は完了。彼女もまた、ローラの従順な操り人形である。 再び口元を吊り上げるローラ。マラーニャに続いて歩き始めた――――。
----------a scene B-c
部屋を出たマラーニャは、近くにいたシスターへ使いを頼んだ。内容は『ウルミアを呼んで来るように』。ローラの思惑通りだ。 程無くして、シスターとエルヴァーン族の少女が戻って来た。鮮やかな橙色の長髪に、黒真珠のような美麗な双眸。ウルミアである。マラーニャが口を開く。 「彼女がウルミアです。ウルミア、この方はサンドリアよりいらっしゃった枢機卿のローラ様です。ミルドリオン様は、急遽、サンドリア大聖堂の高僧様方と戦争の跡地へ巡礼に向かったそうです。ローラ様は、その留守を預かって下さるのです」 顔を上げるウルミア。もしかしたら、この老女の孫なのではなかろうか。口元には彼女に引けを取らない、上品で穏やかな笑み。一礼して口を開いた。 「まあ、そうでしたか。ウルミアと申します。宜しくお願い致します、ローラ様」 「ええ、こちらこそ」 言葉を終えて手を差し伸べるウルミア。それへ“枢機卿”ローラも返す。握手を交わす二人。マラーニャが傍らで口を開いた。 「ウルミア、貴女にローラ様の世話係を頼みます。宜しいですね?」 「ええ、光栄です」とウルミア。次いでローラが口を開いた。 「それでは、早速なのですけれど、プリッシュという少女を紹介してもらえないかしら?一度会っておきたいの」 「分りました」 問答を終えて、一行は歩き出す。マラーニャの代わりに、ウルミアを連れて来たシスターがお供をする事となった。 マザーマラーニャには、まだ大事な仕事がある。“枢機卿ローラ”の到着を、この国の主導者へ伝えさせるのだ。その人物も自身の虜囚にしてしまえば、この国を乗っ取ったのも同然である。
隣人が、そんな恐ろしい腹中を潜めている事を、ウルミアは知る由も無い。群集を抜けると、表情へぱっと歓喜を浮かべた。口を開く。 「あら、プリッシュ、戻っていたのね。丁度よかった」 彼女の視線の先には二つの人影があった。バローネ装束を纏ったヒューム族の青年と、神学士の出で立ちをしたエルヴァーン族の少女。忌み子の正体は一目瞭然。外見も然りながら、ローラにはもう一つその要因があった。それは心情だ。彼女の心内が覗けない。 呆然とこちらへ瞳を置く少女。彼女もこちらの特異性に気付いているのであろう。やはり、その心内を覗く事は出来ないが。 「プリッシュ、聞いている?」 表情をはっと震わせるプリッシュ。視線をローラより外す。彼女の注意を奪ったのは、声の主であるウルミアであった。表情を僅かに陰らせるウルミア。言葉を続けた。 「どうしたの、プリッシュ? 調子が悪いの……?」 「い、いや、違う。大丈夫だ……」 笑みを象るプリッシュ。心内を表すような、ぎこちない曲線。ローラは、隣人の心内へ靄が棚引くのを知覚していた。不安に疑念。いつもと様子の違う彼女へ、違和感を抱いているのであろう。小首を傾げ、プリッシュを見詰めている。 ローラへ顔を移行するプリッシュ。変調は無い。口を開いた。 「それで、何だって?」 「もお、やっぱり。枢機卿様が、サンドリア大聖教の高僧様方と一緒に戦争の跡地へ巡礼をするから、その留守の間枢機卿様のご推薦でサンドリアからいらっしゃった新しい枢機卿のローラ様よ」 「宜しくお願いいたします」 腕を差し伸べるローラ。しかし、眼前の少女はそれに応えない。 尤もな話だ。彼女にとって、ローラという女は、先程、再会を果たした“本物の枢機卿”ミルドリオンが、自身に告げた“恐ろしく大きな闇”へ、最も該当する存在なのだから。 そうとは知らず、業を煮やしたウルミアが口を開く。 「もお、プリッシュったら」 ローラを見上げるウルミア。ローラの心内へ温もりが渡った。友情というよりは、家族愛によく似た感情。困惑した風な面持ちへ、小さく笑みを浮かべている。 「ごめんなさい、この娘、少し照れ屋なんです。でも凄くいい子なんですよ――」 「どうやら、そのようですね。それじゃあ、次の場所を案内して頂けるかしら?」 「はい」 ウルミアへ顔を向けて応えるローラ。その様子へ変調は窺えない。ウルミアの表情から困惑が抜けた。振り返り、歩き出す。それに続いてローラも振り返る。ウルミアの後に続いた。そっと、腕をまわし、肩へ乗せる。
忌み子の正体は判明した。後は、如何にしてあの覗けない心魂を崩壊するかである。それに、このウルミアという少女も、手駒として十分に利用する価値が有りそうだ。 そのまま三人は、次の目的地へと足を進めた――――。
----------a scene C-a
祭壇を離れたウルミア、そしてローラは、ルフェーゼ野へ行方を伸ばしていた。 同行していたシスターの姿は無い。ローラがウルミアと二人で巡回したいと進言したのだ。 単純な洗脳であれば、視線を合わすだけでも施す事は出来る。思考能力を低下させ、意識を曖昧にする程度なれば、赤子の手を捻るのよりも容易いという訳だ。靄のかかった意識で「はい」と頷く彼女をその場に置き去りにし、見事に、お目当ての歌姫と二人きりのデートを仕向けたという訳である。 当の歌姫の表情は明るい。あの壮麗な景観を目の当たりにすれば、きっと、新しい枢機卿もこの国を気に入ってくれるはずだ。期待が彼女の心内を満たし、胸を打つ。
分離橋を抜けて先を進んでいると、ウルミアが足を止めた。表情へ歓喜をぱっと咲かせる。 「リィさん、ロウソウさん!」 「おおい!!」 ウルミアが、前方から歩み寄る二つの人影へ、呼び掛ける。その一つが、大きく手を振りながら応えた。 応答したのはミスラ族。タブナジア侯国近衛騎士団小隊が一つ。リィ小隊を束ねるリィ・ネアナヴルである。 その隣を行くのは、同騎士団ガーラシオン小隊の副長を務めるロウソウであった。満面に笑みを浮かべるリィに対して、ロウソウの表情は冴えない。一行――否、ローラの姿を視認するや否や、視線を逸らしてしまう。 クレイオールは、ローラの心内にじわりと欲望が滲むのを知覚していた。寒気と同一の速度で、心身をざわつく。 ローラの脳裏にある人物の姿が蘇った。それは、先程、祭壇の片隅で蹲っていた、エルヴァーン族の少女である。あの絶望が、前方から歩み寄るヒューム族の女性の心内にも宿っている。大切な人を喪失した痛み。自身への警戒心が表面を覆っているが、その奥で、それは確かに鼓動していた。 それにしても対照的な二人である。片や明澄にして透徹。片や靄がかかったように不透明。しかし共通点がある。二人とも“いい”カモ。しかもネギを背負った。
双方とも適当な距離まで歩み寄ると、足を止める。いの一番に開口したのは、依然として明朗な調子のリィであった。 「ねえ、ねえ、ウルミア。もしかして、この人が新しい枢機卿様?」 「あら? お早いのですね。ええ、ローラ様です」 興奮した様子で尋ねるリィへ、不思議そうに問い返すウルミア。しかし、それ程、気には留めなかったようだ。直ぐに表情を戻すと、隣人へ手を差し伸べて紹介した。 “枢機卿”の仮面もまた不変。ローラは人のいい笑顔で一礼する。それへ倣って一礼するリィ。再び口を開いた。 「リィ・ネアナヴルです。宜しくお願いします。それで、こっちがロウソウです」 「……ロウソウです」 自己紹介を済まし、彼女も隣人を紹介する。が、ロウソウに変調は窺えない。ちらりと瞳をローラへ遣して小声で漏らすと、直ぐにまた逸らしてしまった。 リィの表情が困惑する。ウルミアの表情にも影が差していた。 彼の父親が戦死してしまった事は、耳に挟んでいる。そして、彼女が父親を尊敬している事も知っている。なればこそ、現在の彼女の様相は必然だ。そこに、自身が知る彼女の姿は無い。戦争が変えたのだ。戦争といううねりが、彼女の強靭な心魂を奪い去ったのである。 二拍程度ではあるが、沈黙が訪れる。ロウソウの心内に巣食う靄が漏れ出したような、鬱怏とした沈黙。 その最中に在っても、枢機卿の表情は変わらなかった。正しく、仮面でも貼付しているように。その口元へ、緩やかな曲線を描くのは冷笑。一見穏やかな様相を呈した偽装だ。 と、変化が起こる。リィが、ローラへ向いた。笑顔であるものの、困惑の名残を惜しみなく引き摺っている。上手く笑えないまま口を開いた。 「あの、あの、この娘、今、とても落ち込んでいるんです。それで、それで、新しい枢機卿様に励ましてもらおうって……」 たどたどしいながらにリィが伝える。ローラは一つ頷いて「分りました」と、手を差し伸べた。行方は、体躯の脇に垂らすロウソウの腕。その片方を取る。 添える程度の僅かな力。が、ロウソウにとっては、バインドを仕掛けられたような拘束力だ。心魂が回転数を増し、鼓動が高くなる。眉を僅かに皺め、顔を右方へ僅少ながら傾いだ。 ローラは余した右腕を、眼前に佇むヒューム族の、同方の頬へそっと寄せる。口を開いた。 「気持ちが塞ぎ込んでしまっている時は、話をする事が大切です――」 変調しない声色。変調しない表情。枢機卿の右腕が、彼女の頬に優しく触れる。俯けたその顔を、自身へそっと向けた瞬間であった――――。
----------a scene C-b
「言っとくけど、怒ってなんかいねえからな!」 それが少女の開口一番であった。失礼、場面は少し遡る。ローラ達より僅かに遅れて、プリッシュは、ジャスティニアスへ強烈な一撃を見舞い、祭壇を後にした。直ぐ左方の脇道を進んで行く。 ジャスティニアスは、漸く痛苦より解放されると、先行したプリッシュを追行した。追い着くや否や、今度は先程の一言を見舞われたという訳である。 困惑を混在させながら眉を皺めると、視線をちらりと少女より外す。ふん、と盛大な溜息を眼前の少女が吐いた。ジャスティニアスは視線を戻し、口を開く。 「それで、さっきの――」 「もう遅い」 「は!?」と、声に出して訝しむジャスティニアス。逸らした視線は、眼前の少女へ戻っていた。そのプリッシュが足を止める。それとほぼ同時に、再び口を開いた。 「さっき、ミルドリオン様と会った」 ぼそりと、呟くように。先程までの覇気は完全に消失している。成程、僅かに俯く彼女の顔に、表情は無い。 ジャスティニアスにとっては、益々不可解な話だ。心内へ、再び大きな疑念が拡散する。 先程ウルミアは、枢機卿殿は巡礼へ向かったと話していた。どういう事だ。言葉に出そうと口を開く。が、そんな彼の心内はお見通し。それを遮るように、プリッシュが話を続けた。 「ミルドリオン様は、言っていた。タブナジアへ良くないものが訪れようとしているって。それで、現れたのがあの女だ。あの女の眼、魔晶石だった」 「魔晶石だって!?」 ジャスティニアスが、堪らず声を荒げた。疑念と驚愕が混一した表情の最中に、焦燥がじわりと滲む。 魔晶石と言えば、まだ、プリッシュが忌み子と忌避されていた頃、その根源だと枢機卿様が仰っていた悪魔の代物ではないか。なぜ、そんなものが――。 勿論これもプリッシュにはお見通し。そんな事はお構いなしに、話を続けていた。 「何であの女が魔晶石を埋め込んでいるのか、大体、何であの女が持っているのかは知らない。けど、あいつが、あの“石”を使って皆の心を惑わせば、大変な事になっちまう。動き出す前に、止めなくちゃあいけないんだ」 小さな背面は、心内に森然と込み上げる感情を、絞り出すように語らっている。ジャスティニアスは、そんな少女の背面をただ眺めていた。依然として変調しないまま。 彼女の必死な様は、心内を覗く事の出来ないジャスティニアスでも読み取れた。徐々に表情が失せていく。 複雑に絡み合った糸の中、たった一つ分っている事、それは眼前の少女が、必死であるという事実だけだ。ならば、それに応えるのが俺の役目だ。 依然として膨張を持続しようとする感情を、閉塞する。ジャスティニアスは、ゆっくりと口を開いた。 「それで、俺はどうすればいい……」 顔だけ振り返るプリッシュ。そこに不安や怯臆は存在しない。双眸に宿るのは決意。自身の心内で膨れ上がった、正体不明の存在を追い立てて、代わりに決心を灯す。ジャスティニアスが歩行を再開していた。構わずに口を開く。 「兵隊のにいちゃん達にこの事を伝えてくれ。俺は、ウルミアを追う」 「待て、敵は得体が知れないのだぞ! 一人で行く――」 「待っていたら、手遅れになっちまうよ!」 眉を皺めるジャスティニアス。語気を強める。歩行は停止していない。プリッシュは、彼の言葉を遮って怒号をあげた。 表情をはっとさせるジャスティニアス。足を止める。憤怒。双眸の奥に渦を巻いて、こちらを一直線に射抜いている。彼女は、それを忘却しているのだろうが、間違いない。親友を想う感情が、怒気となってその心魂へ宿ったのだ。 ジャスティニアスは、直ぐに表情を戻す。歩行を再開した。それと同時に口を開く。 「……分かった。では、こうしよう。お前は先に行け。俺も事情を説明し終えたら、皆と後を追う」 ジャスティニアスは、プリッシュの元まで歩み寄ると足を止めた。依然として変調しないまま、ジャスティニアスを睨み付けるプリッシュ。ジャスティニアスが口を開いた。 「それなら、構わないだろう――?」 呆然とするプリッシュ。眼前の大男の口元には、小さな笑み。ジャスティアニスの心情が、心内へ渡った。それは諦念という名の微風。その最中には心配や、不安といった感情も抱いている。が、あくまで、優しく、穏やかに、その心情はふわりと彼女の心内を渡った。 呼吸を三つ。その僅少な間を置いて、プリッシュは瞳を伏せた。口を開く。 「――勝手にしろよ」 呟くようにプリッシュ。頼んでおいて勝手にしろとは、随分と勝手な言い分である。しかし、それは彼女なりの照れ隠しだ。事実、彼女の頬は僅かに赤らんでいる。 口角を、僅少にではあるが、更に持ち上げるジャスティニアス。彼女の頭を、ぽんと二回叩く。駆け出した。 依然として頬を赤らめるプリッシュ。思考する。くそ、またしても不覚。あいつにあんな表情をみられちまった。 けど、今はそれどころじゃない。意識を切り替える。ジャスティニアスに遅れて、プリシュも駆け出した。 ジャスティニアスは、近衛騎士団が集まる広間へ。プリッシュは、行方の知れないウルミアの下へ――。
----------a scene C-c
「気持ちが塞ぎ込んでしまっている時は、話をする事が大切です――」 ここで、場面は再びローラ達へ移行する。が、この場面の視点は彼女達ではない。 その人物は、前方にこの一団を発見すると、思わず口を開いた。 「ウルミア!!」 口にしたのは一団の一人。少女の名。各々が顔を向ける。不思議そうにウルミア、リィ、ロウソウ。そして枢機卿の仮面を脱ぎ捨ててローラ。双眸の奥の狂気が鋭く冷たい。食事の邪魔をされて苛立っているのだ。その凍える双眸が映したのは忌み子――プリッシュであった。
再び口を開くプリッシュ。が、言葉が喉に詰まったようだ。そのまま停止する。その間にウルミアが、身体も反転させながら口を開いた。表情には穏やかな笑みが戻っている。 「あら、プリッシュ? お一人?」 「あ、ああ……。ジャスティニアスは、会議があるって――」 ウルミアへ焦点を向けるプリッシュ。慌てて返答する。奥の二人へ視線を向けて、言葉を続けた。 「姉ちゃん達の事、探してたぞ。詰め所に急ぐようにって」 「え? え? 本当!? 大変! 急がないと」 驚愕を満面へ露わにしてリィ。表情を変えずにローラへ向く。一礼して口を開いた。 「それじゃあ私達は、これで失礼します。行こう、ロウソウ」 「……ええ」 リィは、素早く挨拶を済ませて隣人へ向く。表情には笑顔が戻っていた。一泊程の間を置いて、ロウソウが答える。 正視するリィ。ウルミアとプリッシュにも、挨拶を済ます。ロウソウの手を取ると、そのまま駆け出した。去って行く二人の背面へ双眸を向けているプリッシュ。 先程彼女が詰まらせた言葉は、ロウソウへ向けたものであった。さっき話したのは、そいつだ。ウルミアを連れて走れ――。だが、知覚してしまったのだ。その心内を。 怯えるように震わせた表情。彼女はそのまま双眸を逸らした。その奥で蠢いていたのは罪悪感。自身との約束を果たせなかった罪悪感が、彼女を萎縮させていた。 それに、その隣人たるリィ・ネアナヴルにも異変があった。心底で警報が灯っていた。 ウルミアと話す様を眺めながら、そして、自分達へ語り掛ける様を眺めながら。瞳の奥で敬遠している。その、純粋無垢な心魂が、薄っすらとした靄に抱かれていく。 経験がそうさせるのだ。七年前の事故の被害者に、彼女の部下の姿もあった。払拭という訳にはいかない。その絶望は、永遠に彼女の心魂へ残痕を宿し続けるであろう。 こんな状態で叫んでも、余計な混乱を招くばかりだ。ならば、ジャスティニアスの口より伝えられた方が、よっぽどましである。 二人の去り際に、プリッシュは、一瞬ではあるが、ロウソウと視線が合った。ありったけの感情を詰め込んで、一つ頷く。後は任せておけ――。恐らく、通じていないかもしれない。彼女の心内へ変化は窺えない。が、問題はそこでは無い。
やがて二人の姿が見えなくなる。視線を移すプリッシュ。その行方はローラ。いつの間にか顔を俯けていた。表情は窺えない。構わずにプリッシュは口を開いた。 「おい、ウルミアから離れろ」 低調で唸るような声色。その様は沈着。しかし、双眸の奥で敵意を煮え滾らせている。 依然として、ローラは顔を俯けていた。返答する様子は窺えない。代わりに反応したのは、隣人のプリッシュであった。 表情へ困惑を浮かべる。口を開いた。が、言葉したのはプリッシュ。彼女を遮って話を続ける。 「ウルミア、そいつは偽者だ。枢機卿なんかじゃない」 「えっ……!?」 ウルミアが溜まらず漏らした。心内が、動揺でぐらりと揺らいだのを、ローラとプリッシュは知覚する。 ローラの右腕が伸びた。行方はウルミア。顎に添えて、自身へ向ける。顔を持ち上げた。枢機卿の仮面は貼付していない。悠然とした笑み。柔らかさを感じさせる微笑が浮かんでいた。その双眸へうろたえた様子の少女が映る。口を開いた。 「悪いけれど、少し待っていてもらえないかな」 “石”の魔性が、双眸よりウルミアに忍び込む。心内へ手を差し伸べた。意識は削ぎ落とされ、思考が低下していく。ウルミアは、呆然としたまま不動となった。
と、ローラが、余していた右腕を持ち上げる。彼女の眼前へ魔方陣が浮かんだ。その向こうにはプリッシュ。表情へ険相を刻み込んで、拳を突き出している。 弾けたプリッシュが、拳固を叩き込んだのだ。が、その一撃は、浮かび上がる方陣により拒まれた。 しかし、ローラに魔法を行使する能力は無い。だとすれば、中のもう一人の仕業。既に転換を済ませていたのだ。 “ローラ”が呼び寄せた精霊達が、壁となり、臂力を抑圧する。それでも全身全霊を懸けて、拳を突き出すプリッシュ。ローラの表情は涼しい。少女を見下ろしながら口を開いた。 「やれやれ、無粋なお嬢さんだ。一体、以前の保護者から、どういった教育を受けてきたんだか。折角のデートの最中なんだ。邪魔をしないでもらえるかな」 話を終えると、ごもごもと口内で何かを呟いた。足元から精霊達の化身が昇り立つ。凝縮された精霊達が、毒々しい色彩を纏い、彼女の体躯を飲み込んだ。そして弾ける。 刹那である。プリッシュが硬直した。ぎょっとする表情。膝を折る。胸元を押さえつけて、蹲った。呼吸が荒い。苦悶で表情を顰めていた。痙攣する体躯。力が入らない。心魂が破裂したかのような衝撃が弾けたかと思うと、それは彼女の小躯を侵蝕した。 その属性は毒。悪寒が全身を焼き、不快感がしがみ付く。胸元と頭部へ激痛が鼓動を打ち、口元へは吐き気が押し寄せていた。 立て。立て。立て。立て。自身を叱責するも、空しく空転する。それが苛立ちと悔恨を産み落とし、心内でごった返す。 徐々に掠め取られていく意識。奪われまいと掻き寄せる。が、それでも少しずつ零れていく。幾ら必死で集めても、同じ事の繰り返し。手を伸ばしても届かない。 遠くへ行ってしまう。ウルミアが、あの女に連れ去られてしまう。立て。立て。立て。立て。思いとは裏腹に、扉の閉口は止まらない。心魂は空転を繰り返すばかりである。
プリッシュが眼前で倒れると、ローラの首がこくりと垂れた。 再び転換。持ち上げた顔に浮かぶのは嘲笑。プリッシュを眺めるローラ。苦悶する彼女を観賞しているようでもあった。 「さあ、お待たせ」 ゆっくりと顔を移行するローラ。その行方は、依然として佇むウルミアだ。左腕を同方の頬へ伸ばす。顎から上方へ、なぞるようにゆっくりと移行して止めた。口を開く。 「さあ、目を瞑りなさい」 ウルミアの心内では“声”が忠誠を強要する。既に思考は侵されている。目を瞑るウルミア。ローラが言葉を続けた。 「ほうら、心が蕩けていく。甘く、甘あく、蕩けていく」 頬を赤らめるウルミア。表情が緩くなる。小さく開いた口元から、情感に濡れた声が漏れた。ローラの妖惑が続く。 「今、あった事は全て忘れなさい。あなたは誰にも会っていない。私を案内する途中。良いですね?」 「はい……」 ウルミアが頷く。ローラは満足そうに口角を持ち上げると、彼女の肩へ腕を回した。プリッシュへ背面が向く。彼女の耳元へ口を寄せて、囁いた。 「私が合図をしたら目を開きなさい。すっきりとした気分で目が覚めます。そうしたら、先程、言ったことを実行しなさい。しかし、絶対に振り返ってはいけません。何があっても、後ろを振り返ってはいけません。さあ、目を開きなさい」 薄っすらと瞳を開くウルミア。ローラが顔を退ける。 「さあ、行きましょう」 曖昧な意識のまま、声の方へ振り向くウルミア。そこには“枢機卿”の姿があった。そうだ、彼女をルフェーゼ野へ案内しようとしていたのだった。蘇る記憶。笑みを浮かべ「はい」と返事する。二人は歩き出した。苦悶するプリッシュへ、ウルミアが気付く様子は無い。 これで彼女も操り人形。劇の開幕だ。舞台はルフェーゼ野。役者はこの二人。演目は、老婆に変装した狼が、少女を襲うという有名な御伽噺。
----------a scene D-a
脇道を道沿いに進むと、坂道が存在する。右方は上り坂。左方は迂回する下り坂。ジャスティニアスは、右方の上り坂を進んだ先にある広間へ訪れていた。シン達が議会に使用した広間もここだ。 ジャスティニアスは、ドアを開くと辺りを見回した。シンの姿を視認する。足を進めた。 行方は、真摯な表情で会話を交わす一団だ。制式の格好をしている者はいない。各々の職業に合わせた高位の装備を纏っている。 その内の一人が彼に気付いた。ガラントシリーズを纏った、精悍な顔立ちのエルヴァーン族。シンである。会話を制止して、一団より一つ歩み出す。足を止めて、敬礼を払うジャスティニアス。口を開いた。 「会話中、申し訳御座いません。緊急の要件を伝達に参りました」 「緊急の要件?」 「実は、プリッシュが、ミルドリオン枢機卿様と出会ったというのです」 「何、枢機卿殿と!? それで、枢機卿殿は」 「彼女が言うには――」 これを皮切りに、ジャスティニアスは、シンへ話を伝えた。思案顔で聴き手に回るシン。 やがてジャスティニアスの話が終わる。シンは思案顔で一つ唸った。変調せずに振り返る。一団が、真摯な表情でそれぞれ頷いた。顔の向きを正して一拍程すると、シンが口を開く。 「分かった。隊士達にはそれぞれの小隊長達に伝えさせよう。しかし、問題が一つある」 ジャスティニアスが睇視する。シンは続けた。 「デスパシエール殿が、先程、シスター達に連れて行かれてしまったのだ。新しい枢機卿様がいらっしゃったので、挨拶に赴いてほしいと」 「デスパシエール殿が?」 問い返すジャスティニアス。彼は、デスパシエールが新たな主導者へ就任した事を知らない。シンが言葉を続ける。 「ああ。デスパシエール殿に、新たな主導者になってもらうようにお願いしたのだ」 事態は深刻だ。ジャスティニアスが思案に耽る。主導者が、敵の手に渡ってしまった。ともなれば、自身達は、完全に隔離されたと考察せざるを得ない。 しかし、答えは、中々顔を出してくれない。今は、それよりもやらなければならない事がある。ジャスティニアスは、諦めると再び口を開いた。 「その問題は、後程考察しましょう。それよりも、実は――」
と、彼の話を遮って、勢いよくドアが開く。皆の視線を収束する中、姿を現したのは二つの人影であった。リィとロウソウである。リィが頭を下げながら口を開いた。 「ごめん、ごめん、遅れちゃったあ!」 「何の話をなさっているのですか? それよりも、今までどこをほっつき歩いていたのです」 各々が表情をきょとんとさせる。そんな最中、後方にいた、ローグシリーズを纏ったミスラ族が口を開いた。リィの補佐役を務めるアンナ・リア・ゼフティーである。アンナへ向くリィ。呆れるような、また、咎めるような調子で言葉した部下へ、不思議そうに顔を変化させて答える。 「え? え? ロウソウが心配になって探していたんだ」 と、刹那にリィが表情をはっとさせた。 「あっ! それでね、それでね、皆、知っている? 実はね、新しい枢機卿様が来たんだよ。リィとロウソウは、その新しい枢機卿様とお話したんだ」 彼女にとっては、自慢話のつもりであったのだろう。が、常況の調子で話した彼女の言葉を、笑う者もいなければ、羨望する者もいなかった。皆、反応は同一。唖然。もう少し噛み砕いた表現をするならば、目が点、口があんぐりである。 これが、少年マ○ジ○の、○望先生であったならば「お決まりの展開に絶望した!」と絶叫しそうなものであるが、それこそ場違い。そういった応用力と勇気――否、発想を持ち合わせた人間は存在しない。 皆の意外な反応に、再び不思議そうに辺りを窺うリィ。この凍結した常況を打破したのはジャスティニアスであった。 「リィ殿。その新しい枢機卿は、ウルミアと一緒ではありませんでしたか?」 「うん、一緒だったよ。その時にプリッシュと会って、会議があるって。急いでここに来るようにって言われたんだけど」 成程、そういう事か。ならば遣る事は決まっている。ジャスティニアスが口を開く。内容は状況の説明だ。 「実は――」
話を聞き終えたリィは、愕然とした。自身が対面した印象に、そういったものは感じ取れなかった。穏やかで、人のいい笑顔。思い出せるのは、それだけだ。 が、ドアの付近で浮かない表情をしたロウソウには、心当たりがあった。少女の話は本当であったのだ。自身が連絡を怠ったせいで、この国へ大きな災厄が訪れてしまった。ロウソウは睇視して、瞳を伏せる。それは、苛立ちを湛えているようにも窺えた。 「ごめんな、さい……」 今にも消え入りそうな声音で。今にも泣き出しそうな声色で。漏らしたのはロウソウ。変調せずに佇む、悩めるヒューム族。 しかし、その微弱な言の葉でも、皆の視線を収束するには十分であったようだ。移入された思念がそうさせたのである。 「私、聞いて、いたんです。あの娘に……。それで、リィさんの、話を、聞いて――。でも、私、喋り出す事が、出来なかった……。どうしよう、どうしようって、私。ごめんな、さい。ごめんな、さい……」 その後はただ、故障した蓄音機のように、「ごめんなさい」と繰り返すばかりであった。 表情をはっとさせるリィ。思い返す。ローラと対峙していた時の、彼女の反応を。そして、プリッシュと対峙した時も。 そうか、そういう事だったのだ。また知らぬ間に、自身は、彼女を追い込んでしまっていたのだ。リィが口を開く。 「それで、ジャスジャス。リィ達は何をすればいいの?」 我へ返る風に、表情をはっとさせるジャスティニアス。意思を宿した瞳で、自身を射抜く彼女の様へ、慌てて言葉を返す。 「プリッシュと、もう一つ約束をしました。ウルミアを探す。そして助ける事です。皆さんにもご協力頂きたい」 「よし、よし、任せといて!!」 表情一転。常況の調子で笑顔を浮かべたリィは、アンナへ振り返りながら、口を開いた。 「アンナ、隊の皆にも伝えて。探索は、ミスラ族の専売特許なんだから、誰よりも早くみつけるよ!」 「――ええ、分かりました」 一目散に駆け出して行くリィ。その背面を眺めて、穏やかに笑みながらアンナが答える。 我らが小隊長リィ。彼女は、一挙一動で空気を一転させる、特有の雰囲気を携えている。それは良くも、そして、悪くも。 それが好転した時、彼女は、皆の感心を一点に収束する存在となる。自身には無いものだ。故に、彼女は、我らが頼れるリーダーなのである。 リィは、依然として変調しない様子で佇むロウソウの肩を、すれ違い様にぽんと叩く。にかっと笑い、サムアップ。 ロウソウは、その様を呆然と見とれていた。なぜ――? なぜ、咎めるのではなく、笑うの。 「総員、緊急命令です。速やかに遂行して下さい。繰り返します――」 リンクシェルに向かって言葉を発するアンナ。 その様子を見てハイドラハーネスを纏ったミスラ族が、不敵な笑みを浮かべた。フランクラン小隊が副長チェル・フラウその人だ。 「探索がミスラ族の専売特許だなんて言われたら、私も黙ってはいられませんね。はりきらなくっちゃ」 「ああ、そうだな――」 はりきる部下を他所に、どこか気の抜けた調子で返事を遣したのは、ソーサラーシリーズを纏ったタルタル族であった。フランクラン小隊を束ねるフランクランだ。 腰に提げた小袋より葉巻を取り出す――と、細かな音が眼前を割く。手にしていた葉巻は、床面に突き刺さっていた。 相変わらずお見事。当人たる副長チェル・フラウは、そ知らぬ顔で既に歩行を再開していた。口を開く。 「これから駆けずり回るんですよ。ほら、ほら、速くして下さい。先に行ってしまいますよ」 「――たく」 これで幾本目に至るのか。眼前の“猟猫”の凶刃に倒れた、愛しい心友から視線を前方へ移す。表情はげんなり。変調しないまま彼女に続いて歩き出した。 「よし、それでは、各小隊で四方に分かれよう。リィ小隊、フランクラン小隊はミザレオ海岸方面へ。俺とジャスティニアス殿。そして、ジェニーとロウソウはルフェーゼ野へ向かおう。それぞれ隊長と副長が分散して、更に捜索範囲を拡大してくれ」 シンが指示を出しながら、ジャスティニアスを連れて退出して行った。 部屋には二つの人影が残る。ロウソウと八幡シリーズを纏ったエルヴァーン族の女性。ロウソウとチームを組むジェニーである。沈黙していた彼女が、口を開いた。 「確かに、お前のやっちまった事は、重大な過失行為に当たるかもしれない」 ロウソウが、声の方へ向く。凛然とした顔立ちの、中年のエルヴァーン族が歩み寄る。依然として唖然としたままのロウソウ。彼女の話を聞いていた。 「でも、見ろよ。誰も、それを咎めようって奴はいない。それよりも、私達のすべき事は、一人でも多くの人間を救う事だ」 ジェニーがロウソウを横切る。その姿を顔で追うロウソウ。彼女は前方を向いていた。真っ直ぐに、前方を。ああ、そうだ――。透明になった意識の中で、ふわりと思考が浮かんだ。 「行こう」 退出際にジェニーが零す。そのまま、目的地へと行方を進めた。 ロウソウは、その最中も思考していた。彼女は、特別な任務の遂行中に、部下を全員亡くしてしまった。どれほど悔しかったであろう。どれほど悲しかったであろう。どれほど哀れであったろう。どれほど憎かったであろう。けれども、彼女は確りと、前方を向いている。それでも、押し潰されずに前方を見ているではないか。 しかし、自身はどうだ。父を喪った悲しみに耽って、やるべき事を見失っている。そうだ、行こう。行かなければ。 無意識の内に、目尻から涙が滴っていた。彼女は、思考を終えるのと同時に、それを知覚する。人差し指で拭った。振り払うように腕を垂らす。表情を緊束させて扼腕した。 今度こそ本当に、一つ前方へ歩み出る事が出来たようだ。ロウソウも、ジェニーの背面を追って、足を前方へ放り出した。
----------a scene C-d
ここで場面を変更しよう。視点は、ローラとウルミア。ローラの術により、記憶を改竄されたウルミアは、予定通りルフェーゼ野へと行方を伸ばした。 ウルミアが選択したのは手前の出口。ラフェール川を眼下に臨む橋を渡り、行方を伸ばすと、右側にザフムルグ海が広がる。未だに徘徊するモンスターへ、細心の注意を払いながら、二人は、壁沿いに進んでいった。段差を下る。二人が到着したのは展望台であった。
ローラを先に上らせて、ウルミアもその後に続く。上り切ると、そこには、壮麗な景観がぐるりと広がる。今や戦跡であるが、その壮大さにも、美麗さにも、差し支えは及ぼさなかったようだ。 ウルミアは、ローラの隣に並ぶ。彼女へ顔を向けて口を開いた。 「ごめんなさい。本当は、ゆっくりと、辺りを見て回りたいのですけれど、獣人が未だ徘徊していて危険ですので……」 苦く微笑みながらウルミア。途中で顔を景色へ向ける。何処をともなく眺め、睇視した。悲哀と悔恨を宿した儚い表情。ローラは、彼女の様相を見守っていた。一拍程度の間を置いて、ローラが口を開く。 「いいえ、そんな事はありません。ここからの眺めでも十分過ぎる程です」 表情をはっとさせるウルミア。顔をローラへ向ける。ローラの穏やかな笑みが、自身に向いていた。ローラの話は続いている。 「貴女や、この国の方々が、何故、逞しく、優しい心を持ち続けているのか、分かるような気がします――」 そう言って、再び景観へ顔をやるローラ。口を開いた。 「だって、このように壮麗な大地の下、育まれて来たのですもの。この国の人々の心は、この素晴らしい大地より分け与えられた、女神様の恩恵だったのですね。大丈夫です。きっと、この国は蘇る事が出来るでしょう。元の、平和で、美しい国に――」 依然として、変調しないウルミアの目尻から、涙が零れる。嬉しかったのだ。来たばかりの彼女が、このようにこの国を愛してくれる。蘇ると言ってくれる。 ウルミアの表情が歪む。森然と込み上げる心情。囲いを打ち破り、衝天する。止め処無く零れ落ちる涙。終には、俯き、声を漏らす。 「あれ……? ごめんなさい。どうしてかしら、涙が、止まらない……」 「いいのよ、ウルミア」 俯く少女の頬へ、ローラの左腕が潜る。同方の頬を、蛇のようになぞった掌。添える程の柔らかさで、包み込む。余した右腕は、同様に、彼女の頭へ伸ばしていた。右腕を小さく回すように撫でる。 顔を耳元に近付けた。その口元に浮かぶのは嗤笑。先程までの、穏やかな笑みは消失している。 つまり“枢機卿”の仮面は脱ぎ去っていた。今、ウルミアの前に立つのは、獰猛な猛獣。腹を空かした狼だ。囁く程度の声音で、ローラが漏らした。 「さあ、もっと泣きなさい」 言の葉が、するりとウルミアの耳孔から潜り込む。彼女の心魂へ到着すると、その心底へ根付き、成長を始める。やがて、心情(栄養)を吸い尽くし、聳然と伸張する。 しゃくり上げるウルミア。溢れ出る涙を両手で拭う。狼の妖惑は続いた。 「貴女は、ずっとそうしたかった。泣きたかったの。誰かの前で。けれども、誰もそれを許してはくれなかった。酷い人達。貴女のように幼い娘にまで、希望を縋るだなんて。さぞ、悲しかったでしょう? 寂しかったでしょう? 大丈夫よ。もう、いいの。私が受け止めてあげる。貴女の悲しみも、寂しさも、涙も」 言葉に汚染された少女の心魂。脅迫的に衝天する衝動で、既にどろどろに爛れている。彼女の思考は、完全にローラの手に落ちていた。 左腕へ僅かに力を込めるローラ。それだけで、ウルミアは俯けていた顔を彼女へ向けた。ローラは、頭を撫でていた右腕を退かし、ウルミアの右腕に掛ける。再び口を開いた。 「よおく見せて。本当の貴女を。弱虫な貴女の姿を」 ウルミアの右腕を目元より退かすローラ。それと同時に、ウルミアは、自身で左腕を体躯の脇に垂らした。彼女の双眸を、ローラの双眸が覗く。赤く腫らした少女の瞳を、魔性の瞳が射抜いた。 「さあ、こちらを御覧なさい。逸らさずに、じいっと私の瞳を見詰めるのです」 一度、汚染されている上に、衰弱している。彼女の心魂は容易く誘惑された。双眸が蕩散としていく。先程、役目を終えたローラの右手が、再び少女へ忍び寄る。左手と同様に、輪郭をなぞった。ローラの言葉は続く。 「あなたは小鳥、私は鳥籠。さあ、入っておいで」 「ああ……」 情欲の移入した声を漏らすウルミア。頬を赤らめる。眼前のミスラ族が、言葉を続けた。 「さあ、目を瞑りなさい」 ウルミアは既に彼女の虜囚。言葉へ忠実に従う。ゆっくりと瞑目するのを視認すると、ローラは、言葉を紡いだ。 「ほおら、貴女の心を覆い尽くしていた雲が、徐々に晴れて行きますよ。それと同時に太陽が現れます。明るくて、真ん丸な太陽。その太陽に精神を集中させるのです」 言葉は、直様に心象へと置換される。心魂へ敷き詰められていた暗雲が晴れていく。ウルミアは、夢幻の最中でそれをじっと見守っていた。ローラの言葉の通り、その物陰から、光明が薄っすらと彼女へ伸びる。徐々に出現する太陽。ウルミアは、命じられたように、その白光の塊へ意識を集中させる。すると、その球体から言葉が降り注いだ。 「―――ア、ウ―ミア……。―ル―ア、―ルミア……」 聞き覚えのある声が二つ。男性のものと、女性のもの。誰だっただろうか。とても重要な人物の気がする。ウルミアは、更に意識を集中させて聞入った。 「ウルミア、ウルミア。ウルミア、ウルミア――」 表情をはっとさせるウルミア。その正体をはっきり思い出すのとほぼ同時、彼女は白光に飲み込まれた。
周囲の景色が一転する。際限無く広がるのは花畑。色取り取りの花々が、彼女の足元で咲き乱れている。天空は蒼穹。雲ひとつ無い、透き通るような青空が広がっていた。 勿論、これもローラが与えた心象だ。ウルミアは無意識の内に、自身の夢幻へ誘惑されていた。 「よく来たわね、ウルミア」 先程の声の一つが、耳に届く。表情をはっとさせるウルミア。その声の方へ振り返った。エルヴァーン族の男女が、穏やかな笑みを浮かべながら肩を並べている。ウルミアが、歓喜を表情へ一杯に咲かせて叫んだ。 「お父さん。お母さん」 ウルミアの目尻に涙が溜まる。先程の声の正体、そして、姿を現したのは、彼女の両親であった。男性――つまり父親が口を開く。 「ずっと待っていたのだよ。私の可愛い、ウルミア」 「ええ、私も。私も、ずっと会いたかった」 「貴女が強く望んだから、女神様が叶えてくれたのね」 感動的な親子の再会。しかし、それは、これがハイエナのお膳立てでなければの話。これはあくまで、そのハイエナの“調理過程”に過ぎない。人形劇は尚も続く。 「さあ、こちらへおいでウルミア。よおく顔を見せておくれ」 大きく首肯するウルミア。歩き出す。二人の眼前まで歩み寄ると、父親が両腕を広げた。愛娘を抱き上げる。ウルミアも、彼の双肩に両腕を回した。彼の顔の横に、自身の顔を埋める。 その様子を、母親がにこやかに笑みを浮かべて眺めていた。くすくすと笑みを漏らす。口を開いた。 「ウルミアは、いつまでたっても甘えん坊さんね」 ウルミアに反抗の意思はない。笑い声を上げる父の顔の横で、瞑目していた。噛み締めているのだ。この瞬間を。心内を、風のように駆けていく悦びを。 父親が、ウルミアを下ろした。表情をはっとさせるウルミア。怯臆を、双眸の奥で震わせる。父親が腕をウルミアの頭上へ伸ばした。口を開く。 「ウルミア。今日はここまでだ。けれども、忘れないでくれ。私達は、いつでも再会する事が出来る。ローラ様の言い付けをよおく守って、いい子にしていれば、いつでも私達は会えるのだよ。いいね」 「うん」 再び、表情へ歓喜を浮かべるウルミア。大きく首肯する。その瞬間、再び白光が、彼女を飲み込んだ。
ウルミアが、薄っすらと瞳を開く。そこには、穏やかに微笑む“枢機卿”の姿があった。 「ローラ様、私、夢を見ました。父と母と会ったのです」 依然として蕩散とした双眸のまま、生気の抜けた声色で語らうウルミア。 ローラの口元が豹変した。再び嗤笑に歪む。さて、滑稽な人形劇の再演だ。左手が伸びる。ウルミアの左頬を撫で上げた。当人たるウルミアは、依然として夢心地。眼前のミスラ族の変貌にも、微動だにしない。 「そう、それは良かったわね。それじゃあ、もう一度ご両親と会わせてあげる。さあ、目を瞑りなさい」 哀れなる人形(主人公)ウルミア。ご主人様の命令を忠実に遂行する。再び、自身の心魂へ巣食う夢幻に、おちていった。
----------a scene D-b
逸早く駆け出していたリィがそれを発見したのは、分離橋を抜けた少し先の辺りであった。蹲る人影。神学士の出で立ちをした少女。プリッシュである。表情をはっとさせるリィ。駆け寄る。 「プリッシュ。どうしたの?! 大丈夫」 しゃがんでプリッシュの背面へ左手を添える。叫びながら顔を覗き込んだ。薄っすらと開いた瞳。呼吸が荒い。かなり衰弱しているようだ。 どうすればいいのか分からず、うろたえた様子でただ叫び続けるリィ。 やがて後続の騎士達も到着する。その中の一人、フランクランが立ち止まると、詠唱を始めた。昇り立つ精霊達の化身。僅かな間を置いて、プリッシュへ両手を突き出す。 「ポイゾナ」 化体した精霊達が、少女の小躯を包み込んだ。解毒の魔法。彼女の心身を蝕む毒素を浄化していく。だが、中々消失する事が出来ない。手強いな。魔力を放出しながらフランクランは思考した。 面々も不安を表情へ浮かべている。フランクランが口を開いた。 「お前ら、先に行け。こいつは俺が看ている」 「分かった。そうしよう。チェルは予定通り、ミザレオ海岸へ――」 彼の言葉に答えたのはシンであった。一つ頷いてチェルを向く。大きく首肯するチェル。シンが言葉を紡ぐ。 「すまないが、そちらは三人で捜索してくれ。それでは宜しく頼む」 「あいよ」 続いてフランクランへ向くシン。フランクランは短く返答する。隊士達が、各々受け持った方面へと駆け出した。 フランクランは一行の背面を眺めていた。やがて姿が見えなくなり、視線を下方に移す。そこには、依然として蹲るプリッシュ。その背面より、彼女に宿る毒素が剥がれ落ちていく。 フランクランは苦く笑った。こりゃあ大仕事になるかもな。こめかみへ汗が滲む。 「さてと――」 意識を集中させるフランクラン。掌が更に輝きを増す。それと同様に、彼女を包み込む精霊達の化身も、一層に輝きを増した――。
ウルミアの捜索は、呆気なく終了した。発見したのはジャスティニアスである。ルフェーゼ野へ、手前の出口から捜索を始めたシンとジャスティニアス。ラフェール川に架かる橋を越え、更に二手に分かれた。ジャスティニアスは、ザフムルグ海へと行方を伸ばす。その途中で、一人で歩いている彼女を発見し、保護に至ったというわけだ。 リンクシェルで報告して、彼女の元へ駆け寄る。到着すると足を止めて、口を開いた。 「無事か」 「どうしたのですか? そんなに慌てて」 ジャスティニアスの慌てた様子へ、きょとんとしてウルミアが問う。ジャスティニアスは、疑問がぽつりと心内へ浮かんだが、構わずに言葉を続けた。 「あの女は? 一緒ではなかったのか」 「枢機卿様の事ですか? 一緒でしたけれど、先に祭壇へ戻られました。私は大切な用事を頼まれていて、その途中だったのです。あら――?」 思案顔になるウルミア。言葉を紡ぐ。 「どういった用事だったかしら? とても大切な事であったように思うけれど、思い出せないわ……」 記憶の海原を掻き分けて探してみるが、答えは見つからない。思案に耽る彼女を前に、ジャスティニアスも思考していた。一体、どうなっているんだ。だが――。ジャスティニアスが口を開く。 「とりあえず詰め所へ行こう。話しはそこで聞くよ」 「ええ――」 困惑した様子で頷くウルミア。ジャスティニアスは、彼女の隣に移行して振り返る。自警団達も彼女を囲むように移行して、一行は歩き出した。
丁度、同じ頃、プリッシュは不意に目を覚ました。表情をはっとさせて、勢いよく顔を上げる。きょろきょろと辺りを窺うが、ローラの姿も、ウルミアの姿も無い。 畜生。顰める表情。立ち上がろうとすると、背面へ言葉が投げ掛けられた。 「お目覚めかい?」 男性の声。不思議そうに声の方へ振り返る。フランクランが、壁面へ背中を預けながら座っていた。 疲弊しているようだ。肩で息をし、表情には疲労が滲んでいる。双眸は薄っすらと開き、口元には煙草を咥えていた。白煙が、ふわふわと舞い昇る。 プリッシュが、変調しないまま、自身の体躯に双眸を落とした。心身を蝕んでいた苦悶を感じない。それに体力も回復している。 再度フランクランへ向く。確か彼は、近衛騎士団の隊長で魔道士。では、彼が――。 苦く笑うフランクラン。彼女の心内を読んだ様に口を開いた。 「まったく、とんでもない化け物が来ちまったみたいだな。毒を一つ取り除くのに一仕事だ。それとウルミアなら無事に保護されたみたいだ。安心しな」 表情をはっとさせるプリッシュ。安寧を浮かべると太息を一つ吐いた。が、直様に表情を曇らせる。 フランクランも釣られるように、笑みを収める。瞳を伏せるプリッシュ。口を開いた。 「あの時、俺は確かに悔しかった。苦しくって意識が朦朧としていく中で、ずっとそいつで踏ん張ってたんだ。一撃も食らわす事が出来なかった。何も出来ずに、もがく事すら出来なくって……」 少女の独白を、フランクランは黙って聞いていた。虚ろが蓄積されない彼女に、感情がぶり返すなぞという事は有り得ない。だが、フランクランは確かに見た。話の最中に、彼女が変化していくのを。 皺む眉間。双眸の奥で、悔恨が震えていた。フランクランが口を開く。プリッシュは、表情をはっとさせて彼へ向いた。 「その思いは、いつかきっとお前の為になるさ。忘れることは無い。とっておけ」 変調しない様子で、彼の話を聞くプリッシュ。僅かな間を置いて表情を引き締める。頷いて「ありがとう」と言葉した。 立ち上がるフランクラン。服の誇りを払い落とすと、歩き出す。 「詰め所へ戻ろう。皆、戻ってくるようだ」 「ああ、分かった」 返事をしてプリッシュも歩き出す。行方は騎士団と自警団の詰め所である。 道中で、にかっと笑うプリッシュ。先行するタルタル族へ話し掛ける。 「タルタル族の兄ちゃんは、見かけによらず立派だな」 表情をげんなりとさせるフランクラン。まさか、彼女にまでからかわれるとは。口を開く。 「ああ、これでもお前の倍以上は生きているんでね」 プリッシュが表情をぎょっとさせる。変調しないまま言葉を続けた。 「なあ、それを吸ったら、俺も兄ちゃんみたいに“大人”になれんのか?」 「駄目駄目。そんな事がばれたらあいつに何を言われるか、分かったもんじゃない。それに、ジャスティニアスにもどやされちまうよ」 少年少女の非行を防ぐのも、立派な大人の務め。そして、自身に降りかかる災厄の火の粉を未然に振り払うのも、立派な大人の務めである。 後ろで表情を顰めて強請るプリッシュ。頑として拒み続けるフランクラン。結局、最後まで彼は少女の非行の第一歩を防ぎ続けた。 彼女は、この時点ではまだ知る由も無い。ローラの魔の手が、自身へ、するりするりと忍び寄っている事を――――。
Page 9 ―侵蝕する闇― -Invaded devilishness -
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| 投稿日時:2008-03-17 15:52:01 |
| [003] 感想記事の投稿有難う御座います。 |
| 投稿者:JR(名取) 投稿数:96 |
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こちらこそ毎回、ご意見、ご指摘有難う御座います。とてもためになっています。(活かしきれていませんが;) これでジャンルをファンタジーだと公言しているのだから大した度胸です; 今回は完全にローラ祭りと相成りました。若い隊士に始まり、ウルミアをいけない世界へと引きずり込む悪い大人です^^; 自分はこの手のキャラが好きなのかもしれません。普段は人のいい顔をしているけれど、ある日突然とんでもない悪意を突きつけてくる、みたいな(分かりづれえよ;) ええ、俺もいつかこれが破られる(であろう)日が来る事を祈るばかりです(いいかげんなな作者め;) そして、それが爽快感につながる展開に出来るかが何よりも不安です(ネガティブな作者め;)
名も亡きの場合、特に一人の人間に視点を置かないでくるくる場面が展開していく事が多いのでそういって頂けると非常に嬉しいです^^ チェルがいなかったので吸わせてみました。プリッシュには悪影響だったようです^^; この破天荒少女の事ですから、いつ彼から強奪して吸い始めることやら;
そしてご指摘有難う御座います。どういったものでも、修正点があれば教えて頂けると、とても励みになります。これからも宜しくお願いいたします。 というよりも、敬語とか、良く理解できていない(社会人失格;)ので、この言い回しはおかしいのでは、等のご意見は実に助かります^^
点数:0 点
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| 投稿日時:2008-03-28 02:08:04 |
| [002] 大変遅くなりました |
| 投稿者:Bandit(目録) 投稿数:137 |
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ちょっとここの所野暮用が続きまして感想が遅れました、申し訳ありません。
さて相変わらずの妖しさというかエロさというか(褒め言葉)。 何しろ今回はローラの危険な性格と術が遺憾なく発揮されている様が、たいへんに読ませます。こういったクセのある「毒」を持ったキャラクターというのは、書こうと思ってもなかなか書けるものではないでしょう。 皆がコロコロと彼女の妖しい術中に落ちていく様子はこう、見ていて強烈な絶望感というか焦燥感を味あわされます。 と同時に、皆が落ちて行けば行くほど、いつかこれが破られる(であろう)時の爽快感に期待が寄せられちゃったりもします(笑)。
で、多分繰り返しになると思いますが、以前よりも記述の仕方がいい意味で平易になっておられるので、テンポよく読むことが出来るように思います。 場面の転換は確かに多いですが、何だかんだと読んでいればどれがどこの続きかは分かるようになっていたので、特に問題ないかと。 つーか地味にタバコという小道具がイイ(笑)。
内容について特に気になった点はないのですが、表記で二つほどちょっぴりひっかかった所があります。 “口元には小さな笑みが、蕾のように、小さく咲いている。” で『小さく』が重複しているのと、 「ウルミア、貴女にローラ様の世話係を頼みます。宜しいですね?」 というセリフは、『お世話係』でないと失礼になりそうかなと感じました。 まぁ相変わらず重箱の隅なのですが(笑)。
ではでは、次回も頑張ってくださいー。
点数:8 点
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| 投稿日時:2008-03-26 22:19:52 |
| [001] あとがき。 |
| 投稿者:JR(名取) 投稿数:96 |
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某詰る所、人生とは○望を乗り切るための道程である(お前の作品だろうよ;)に登場するローラは、本編の新しい枢機卿とは一切の関係が御座いません。あしからず――(陳謝) と、いう訳で嘘から始まりました。本編タブナジア編です。 面々の抜けたアナを埋めようとした苦肉の策が「○望先○」と最後のフランクランとプリッシュの遣り取りであった訳ですが、駄目だ。本当に苦肉だよ;決め台詞入れりゃあいいってもんじゃないよ;
今回は(いつも言っているようにも思いますが;)場面の転移が多かったです。時間やれ、視点やれ、読者様方に混乱を招かずに伝えられていたら嬉しいです。そして、それに伴い、タイミングの都合で可也悩みました。プリッシュが、ウルミア達の一行と遭遇するタイミング。リィとロウソウが詰め所へ入ってくるタイミング。ウルミアが発見されるタイミング。どれも可也、妥協といいますか、ご都合にお任せして決着をつけたわけですが(結局ご都合主義か;) そして今回は、プリッシュが予想外に動き回りました。ジャスティニアスと詰め所へ連れて行くつもりが、何故かウルミアを助けに行くと言い出し、シーンを削除、貼付のてんやわんやに;
誤字脱字、句読点の位置や、段落の入れ方。表現の良し悪しなど、何か留意点がございましたらご意見、ご指摘いただけますと非常に嬉しいです。 次回は、よろしくの続きをお届けしたいと思います。最後まで読んでくださった皆様方、誠に有難う御座いました。
点数:0 点
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| 投稿日時:2008-03-17 15:52:42 |