| voice of the... sect11 |
| 投稿者:さそ(下級職人) 投稿数:50 |
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ジャンル:ファンタジー
点数:16 点
朝焼けを浴びるその城は、さぞ美しいだろうとミリィは思った。 ズヴァール。 漆黒と呼ぶには燦爛に過ぎ、黒曜と呼ぶにはあまりに禍々しい闇色の鉱石で築かれた城塞は、それすらも己が身肉と言うように、上空に厚雲を絶やすことが無い。 これまでも。そして、きっとこれからも。 (勿体ないよねー…) “自分”ではどう思っているだろう?青空を見たくはないだろうか?陽の光に抱かれ輝くことは、似合わないと思っていないだろうか? (そんなこと無いよ。でも) 極北の城に、ミリィはそっと微笑みを投げた。哀しく、優しい――それは、そんな笑みだった。 (貴方は私たちと同じね。何だか、それが少し嬉しいの) ――ああ――かもしれんな―― 答えが返って来たのかどうか、ミリィ自身にしか判らなかったが―― 「お待たせしました」 そう言って、少し先に待つ大柄な影に、ミリィは軽く会釈した。 「――ディアス殿がお待ちです――」 恭しく一礼したデーモン族は、来訪者に告げて闇の城塞の門をくぐる。 「――こちらへ――さあ――」
「……行くよ!」 「来てみろ!」 龍翼疾空。 雪煙る天を仰いだ時には、ヴィシュヌの拳具が掌中に有る。いつホルスターから取ったか、兵衛自身も覚えていない。 牙の群れ。爪の横隊。それらを押し出す両の翼を見定めながら、ゆぅらりと左半身に構える。勝機は一瞬、三者全ての死角を射抜き、騎士の懐に直接飛び込む。ヒトとヒトとの勝負に持ち込めばどちらが有利か、飛空甲板で明らかになっている。 が。 「………!」 交錯の寸前、兵衛は横っ飛びに軌道から逸れた。飛龍の突進が巻き起こす烈風に体勢を大きく崩されながら、何とか受け身を取って着地する。 (やっべ…) 「ビビったかい?」 「調子悪いんだよ!」 上空で満悦げなミスラに吐き捨て、二、三度軽く頭を振った。今のは完全にタイミングを見逃(ロスト)した。心身ともにやはり限界か。 ――精神(こころ)も? 深刻なのはそちらかもしれない。 「お腹壊したの?」 「ダルいの。ボロボロなの!」 噛みつく。 「あんたにも生きてりゃそんな日有んだろ!」 「月イチくらいで…」 「俺が悪かったッ!!」 本気で土下座をかます兵衛に、龍騎士の方がよほどビビったらしかったが―― 「…ははは」 ふと、力無く笑い、兵衛はゆっくりと上体を持ち上げた。 「いいよなぁ」 「何さ」 やや警戒する龍騎士を、見上げる。 「いや、龍はいいよなってさ」 「はあ?」 「独りぼっちでも寂しくないんだろ?」 首を傾げられたが、無視した。 一般に“龍”と呼ばれる生物――ドラゴン、ワイヴァーン、そしてウィルムは、種的傾向として孤高を好む。力の強い個体ほどそれは顕著になり、最強クラスの龍族はイフリートの釜やクフタルの洞門等、世界の奥辺境に単身居を構え、本能的欲求を満たしている。 完全生物だからだ。超越的な巨体と運動能力、生命維持力はもとより、両性具有であり生殖・出産を単体で行える龍族は、他の同族と一切の交渉を必要としない。仲間を求める――寂しいという感情などとは生まれついてより無縁の存在。 「ザフィが言ってたなあ。だからアデュールは……“竜”騎士の相棒は、ヒト一人ぶん龍を超えた存在だってさ」 くすっと笑う。親馬鹿参上といっぱいに書き殴った、かつてのリンクシェル・リーダーの顔が浮かんだらしい。切なくなるのは不可抗力だ。 「騎士の方はどうよ?」 問う。 「龍一体ぶんヒトを超えてるか?力はどうでもいいよ、寂しいとか切ないとか、そういうの感じないのか?」 「………」 「……感じないから、俺らを置いていったのか」 呟いたとき、不意に、男の目の色が変わった。 「そうなんだろ。元々お前には俺たちなんか必要無かった。アデュールだけいれば良かったんだよ。だから捨てたんだ、孤高を乱す邪魔な荷物をな!」 沈黙を保つミスラへ、罵声と憎しみを投げつける。 「超人サマはどうか知らねーがな、俺は痛かった!何もかも無くなった気分だったよ!お前に奪われたもんをどうする、つけられたこの傷どうしてくれる!?返せ!治せ!全部あの日からやり直せ!」 誰もが目と耳を疑う姿を、兵衛は露呈していた。秘めていた、いや、自覚すらしていなかったどす黒い感情たちの噴出。圧倒的な喪失感の再現が、目の前の者とザフィアを混同させ、また、忘れさせた。最後に残された自動発信メッセージ―― 「わけがわからないね…」 「!」 冷たい声に、精神が咄嗟に均衡を取り戻す。 「わ、悪かっ…」 「さっきの質問の答え」 狼狽える兵衛を静かに見下ろし、騎士は言う。 「感じないよ」 「え?」 「感じない。寂しさも、切なさも――ま、こいつと居るからだとは思わないけどね。ボクが好き勝手操ってるだけだし」 「そいつぁ…」 「ヒトじゃないからさ。ボクが」 一瞬――兵衛は言うべきことを見失う。生じたわずかな空隙に、ホムンクルスの低い声音が吹き込んだ。 「そう。ヒトじゃない」 「おい」 兵衛は立ち上がった。言葉はまだ見つからない。けれど、何か言わねばならない気がした。今言わなければ、伝えなければ取り返しのつかなくなることが有る。それが何か、どうすれば阻止出来るか、判らないが、直感した。有る。 「あんた!」 「ナィア」 それが名か。訊き返す間も無く、巨大な殺気が兵衛を貫いた。 龍が、来る。 「ナィア、ちょっ…」 「お喋りは終わり」 突進(チャージ)。 直線的な一撃を前に転がってかいくぐりながら、モンクは無理矢理頭を切り換えた。沈殿した激情の名残にも苦労して蓋をする。凹むのは後だ。悔いるのも。死んだらもっと取り返しがつかない。 (そもそも…!) 勢いを殺さず、そのまま一直線に走り去る。真っ向対決は不利と判断、搦め手から穿つ。策が有った。 (誰がこいつに“そのこと”言うんだよ!) 巨龍の騎士が追ってくる。構わず逃走、北へ。ウルガラン嶺の頂へ。 ――行けるか?思った。やるしか無かった。
「姉さん」 騎上、ホムンクルスは虚空に零す。 「持ち場、外すよ。そっちも巧くね」 『了解』 リンクシェルによる交信終了。なかなかに素早いヒュームの背中を、本腰を入れて追撃にかかる。 姉さん。何となく使ったその言葉が、一度だけ残響を返し、消えた。
「やっているようだな」 彼方に上がった雪柱に、リュークはシャポーのつばを持ち上げた。 ザルカバードは擂り鉢状の地形をしており、二人が今居る東端からはかなり遠くまで一望できる。交戦する者の姿はともかく、その標なら充分認識可能な条件。 「派手だねー!」 マクレーンが快哉を挙げた。妙に声を張り上げるのは、思い切り仰け反らせた上体にありったけの“気”を宿らせるためで―― 「だりゃあ!!」 轟!! 投じたタルタルほどの岩塊が、遠巻きにするギガース族を直撃した。 「お前もな…」 「へへん」 エルヴァーンたちは背と背を合わせ、油断無く四囲に目を走らせる。 どこを向いても、敵はいた。ギガース、デーモン、更にアーリマン――その数ざっと二十弱。二人がチョコボを下りた瞬間どこからともなく群がり出でて、十重に二十重に包囲した。 (下りていて良かった…) 場違いを承知で、リュークは思う。 この状況にもしも彼らを巻き込んでいたら、後からそれを知ったジェシカに何をされたか判らない。煮るか、刻むか、こんがり焼いてチョコボに美味しく頂かれるか。 「おいどーしたリュウ」 「いや………リアルに想像してしまっただけだ………」 「は?」 「ふん!」 小刻みに震える肩を隠すため、殊更に大きく竦めて見せる。その危機は去ったのだ。取り敢えず。多分。 「――さっさと突破だ」 「合点!」 動き出しかけた、その刹那。 不意に、包囲に揺らぎが疾った。 眉をひそめる二人の前で、住人たちは一様にだらりと腕を垂れ、虚空に曇った目を泳がせる。夢魔に捕らわれたかのように。そう、リュークとマクレーンの耳にも届いた、雪原を渡るその歌声に眠りへ誘われたように―― ラァ――――…! 「!?」 リュークは愕然と一点を凝視した。棒立ちになった襲撃者たちの群れを掻き分け、見知った女性が現れる。 歌の主が。 ――ミリィが。 「みんな!」 歌を留めて、こちらへ駆け寄ろうとするミリィ。リュークは混乱した。何故ここにいるのか。ディアスはどうしたのか。一度は腕ずくで去ったあなたが、どうしてこちらへ戻ってくるのか―― 「…誰だ?」 「何?」 呟くモンクに目を向けた瞬間、踏み込んだミリィの短刀がワーロック・タバードの脇腹をえぐった。
――本来であれば―― 真っ先に疑うべきことだった。 ドラギーユ城水門の番兵・ギルレムとバシュリールを操ったのは?ランペール門の上空に在って、騎士団のチョコボを恐慌に陥れたのは? 誰なのか。心身の外的コントロールは、対象の精神の最深奥――本能に働きかけて行う。人間のように理性で本能を覆う生物を操りにくいのはそのためだ。強引に支配下に置こうとすれば理性ごと呑み込むより他に無く、それを実現するだけの魔力を人間は持っていないとされている。 可能だとすれば。 (歌だ…!) 心の全てを包み込むもの。吟遊詩人の唱う歌。 ディアスの傍らに、歌声は在った。その歌声を“二つ”にも出来ると、リュークは知っていたはずだった。ならば、判るはずだったのだ。ホムンクルスに二人目がいることを。 (――判っていた) 血の色に霞む視界の中で、赤魔道士はそれを認めた。 判っていた。そう、判っていたのだ。しかし。 ……しかし。
「てめえ!!」 跳びかかりかけたモンクの体が、横合いを襲った衝撃に揺らいだ。 意識を戻したギガースたちが、次々と岩を投じて来ている。“ミリィ”が一旦眠らせていたのはこちらの隙を突くためのフェイク。空を圧する殺意の雪が十字砲火に降り注ぐ。 「くそがあああああっ!!」 マクレーンはそれでも前に出た。真白い粉塵をものともしないエルヴァーン族の剛腕が、一瞬にして細身に殺到し―― 掴む寸前、停止する。 ラァ… 「ガッ…」 苦悶。哀しき旋律を乗せた呪曲が男の精神を直に蝕み、四肢を内側から拘束する。押し被された鉛の布。両のこめかみに穿たれる鉄鋲。 「だがそれは音だ」 「!」 “ミリィ”が咄嗟に後方へ跳んだ。リュークが紡いだ“沈黙”の雲が一瞬彼女の頭部を包むが、すぐに弾けて宙に散る。抵抗(レジスト)。 「歌ではない…」 「リュウ!」 寄り添うマクレーンが手に制された。掲げたその掌の先で、次なる砲弾が“風”に叩き落とされる。 「大丈夫だ」 「抜けよそれ!」 「余計なぶんが抜けたらそうする」 半身を血に染める魔道士の頭上、幾つもの砲弾が先達と同様の運命を辿る。虚しく落下する岩の雨を越え、リュークは包囲に声を投げかけた。 「……何故寄せて来ない?」 戸惑ったように砲火が止んだ。 「一人はまともに歩けもしないぞ。剣で来い。どうした。直接押し潰せ」 「ばッ…」 慌ててマクレーンが構えを取るが――やはり包囲の環は狭まらない。おずおずと飛んできた一発の砲弾が、魔力の風に落とされただけだ。くどい。リュークの低い呟き。 「やはり、虚仮威しか」 「どーいう…」 「見かけ倒しだよ。あの数も、ミリィさんの顔をしたホムンクルスも」 「ミリィ?」 「………」 血の引いた顔が苦笑に歪む。 この男、ホムンクルスをミリィではないと見抜くどころか当人と思いすらしなかったようだ。どういう理屈か想像もつかないが、マクレーンは外見や声に頼らない何かでミリィをミリィと認識するらしい。有りそうなことだった。 ――かく在りたい。そう思った。 「マクレーン」 「お、おう?」 「先に行け!」 突如。 烈風、否、竜巻が爆ぜた。 魔に導かれた風の暴龍が、なお散発する砲弾たちを呑み喰らい、西側の包囲へ殺到する! 龍に――マクレーンが乗っていた。 呆けたような、何が起こったか判りかねている顔で。中途の障害を紙でも裂くように蹂躙して去る風の鱗に身を委ねながら、もろともに西へ西へと去りゆく。吹き飛ばされて消えていく。 「紛いとはいえ…」 “風”吹かせたるリュークの言葉が、届いたはずもなかったが。 「あの顔を殴るあんたを見たくない。それから――いや――」 よそう。 微かに首を振り、残りは胸の内に落とした。 もしも相棒がこの場にいたなら、その意を酌むことが出来たであろうか。
シュン 風鳴りに鼓膜を侵されながら、“ミリィ”の耳はその音を聞いた。 シュン もう一度。擦れるような、空を切るような、どこか息苦しくなる音がホムンクルスの頭上に響く。丁度、ギガース族の頭が有る辺り―― 「!?」 続く異変に、慄然とする。左右に侍らせていたギガースが、相次いで巨体を雪上に投げ出した。なお鳴りやまぬ断続的な空擦が渡るたび、一人、また一人“僕(しもべ)”が倒れ伏してゆく。 「一体…」 「メッキを剥いだ」 魔道士の宣告。 「君のその“歌”、他者の表層意識を侵して傀儡(くぐつ)とするだけのものと見た。精神組織の上蓋しか支配できない不安定な状態ゆえに、わずかな衝撃で解放出来る」 「何を根拠に!」 「だから白兵戦を恐れた――そうだろう。それに、三年しか生きていない君に心の全てを呑む歌は歌えまい」 「………!」 歌声が響き、一斉に迫る包囲の縁環をリュークの空擦がひと撫でにした。ことごとく倒れ、支配を脱するこの地の者たちを悪夢でも見るように注視する“ミリィ”。 「模造出来るのは器のみ…か」 「…ひっ!?」 踏み出すリュークに気圧されるように、退(さ)げようとした足が動かない。脛から下が、知らぬ間に氷に閉ざされていた。氷の表層に見知った刃。凍結の魔力を込めて返された、リュークの腹に突き立てた短刀。 (速い…!) 「不安定か」 何故か、リュークは自嘲的に言う。口許に浮かんだ笑みの陰が、瞬間、炎の彩りを帯びた。 ――炎。炎の、塔。 動けないことを忘れて――動けたところで結果は同じだっただろうが――“ミリィ”は紅蓮の尖塔を見上げた。 「君と私は似ているな。与えられた器に引きずられ、ホムンクルスは空疎な己を持て余す。私は――」 赤魔道士は言葉を切った。尖塔が倒れ、全てが消えゆく感覚の中で、“ミリィ”は何故か続きを知っているような気がした。 ――痛い。 胸を、灼かれた。 貫き、抉られた。 絶対零度の鉄柱が、ナィアの胸郭を真二つに裂き、徹底的に掻き回す。壁に繋ぎ留め、宙吊りにする。 ――痛い。 ――痛いよ。 現実には、体には傷一つ無い。蹂躙は刹那にして終わり、その跡すらも残しはしない。けれど、今は塞がれた、確かに一度ぐずぐずに裂かれた胸の奥から、大切なものが喪われている。体を焦がすのはその痛み。 名も無き姉妹を喪った、痛み。 痛みなど持たないはずだった。目を開けた時からずっと独りで、言葉も、心も、寄せるべき相手も、それを求めることも無かった。孤独こそ自然であり、欠落の嘆きなど、寂しさなど自分が持つはずがない。 ――確かに無かったのだ。ついこの前まで、持っていなかったはずなのだ。 なのに。 痛い。 今は い た い
「……!?」 足を止め、兵衛は省みた。 スタート地点より既に北、ウルガラン山脈の二合目付近までチェイス・レースを続けてきた龍が、突如として動きを止めている。 「どう、した…?」 思わず、気遣うように呟く。距離を開けることも、荒れきった息を整えることも一瞬男の脳裏から消えた。龍の、いや、その背の騎士からあふれ出す感情。これは――悲しみ?しかし、何故―― 「…ああ…」 「おい…?」 「――――ああああああああああああああ――――!!」 ――其は―― 嘆きか―― 猛りか―― 断末魔か―― 張り裂けんばかりの叫鳴と共に、ホムンクルスが虚空を舞った。槍を手に、涙とそして紅の水を両眼の端に抱き締めて、兵衛に落下攻撃をかける。 「!?」 咄嗟に迎撃の構えを取りながら、モンクは思わず眼を見開いた。己を映す、ミスラのそれに宿る彩を見て。 「何が有った…」 猛然と突き下ろされる穂先から、恐れるように身をかわす。切り返し、踏み込めば確実に仕留められた呼吸で、足は全く動かなかった。 声すら、衝撃に震えを帯びている。 「何が有ったって訊いてんだ。ナィア…!」 「何も」 暗く、深く。 心の湖底、何者にも侵されざる不壊の防殻に瞳の輝きを押し籠めたミスラは、囁くようにそれだけを口にした。
「く!」 背筋に疾った滅びの気配に、兵衛は思い切り横に転がった。ほとんど同時にそれまでいた場所を龍が猛然と薙ぎ払い、ナィアは軽やかにその背に戻る。 (あの目は) 再び雪嶺を駆け上がりながら、歯噛みする。 拒絶の目。 仲間との。家族との。他者と己との深い“繋がり”が喪われる際に襲う痛苦から身を守ろうとする者の目だった。痛みを感じないように、自ら心を麻痺させた者の。 (いい傾向だな…) 兵衛は思った。 何もかも拒絶し、そのままの目で生きられるなら、これほど楽なことは無い。全てのものには終わりが有るからだ。いずれ消えゆく繋がりに、やがて倒れる宿り木などに心惑わされなくて済む。何者にも触れず、いずこにも憩わず流れ続けることが出来れば、痛みなど感じることは無い。 (感じねーよ) 苦々しく、呻く。 (でも寒いんだぜ!?) 口中に鉄の味が広がる。赤い唾を吐き、今はただ駆けた。 告げるべき言葉は、まだ見つからない。
突進。噛みつき。回避。 併走。翼撃。やはり回避。 超絶的な反応を見せながら走り続けるヒュームの男を、ナィアは憎悪の眼差しで貫いた。 (こいつ…!) ウルガランの標高が上がるにつれて、明らかに動きのキレが増している。特に二合目付近を境に、ほとんど別人のように変わった。自分の慟哭の前後だったとは、思わない。そんなはずが無いのだ。何の縁も無い自分が泣き叫んだところで、兵衛が何を想うというのか? ――縁。 知らず、銀髪のミスラは想った。 そう、そんなもの自分には無い。目の前の男に限ったことじゃない。“姉”と呼んでみた女とも、ミリィとも。 ホムンクルスだからだ。ヒトの形をしたヒトでないモノ。ヴァナ・ディールに在る数限りない生命のどのカテゴリにも属さない異物。ディアスに殺せと言われれば殺し、守れと言われれば守る。ただそれだけの存在だ。ホムンクルスは世界の徒花。独りぼっちの意思無き操り人形だ。 ――でなきゃ、耐えられない。 「だから!」 高度を落とし、加速。 飛龍が標的の右手から接近、追い抜き、道を断つようにその眼前を横切ったとき、ナィアは既に跳んでいた。たまらず足を止めた兵衛へと飛び込むが、すんでのところで身をかわされる。 「何のつもりだ!」 「すぐに判るさ」 雪を蹴りたて、槍を繰(く)る。しかしモンクには当たらない。当然ことだ。オリジナルのザフィア=クリティシアに比して戦闘カンや経験の面で決定的に欠ける自分が、兵衛に敵うわけはない。でも。 「――破ッ!」 カウンター気味に肘打ちを見舞われる。一瞬密着する敵の体を、ナィアは躊躇わず抱き締めた。 「……!」 「ブリューナク!!」 龍を、呼ぶ。もみ合う主と標的に向けて、巨獣はそのアギトを開いた。来い。殺れ。この自分ごと、ディアスの敵を噛み砕いてやれ。 「だと思ったわあああッ!!」 刹那。 兵衛の体から爆発的に“気”が迸った。衝撃でわずかに拘束が緩むが、無駄な足掻きだ。最早逃れ得ない距離までブリューナクは接近している。ボクと一緒に消えて無くなれ。 「やだね」 カァ……ン! 再度食らいつきかけた体が、二度目の――今度は球状に集中された気塊に弾き飛ばされた。 同時、一回り遠のいた巨龍の爪が男の胸板を貫き通した。
「な!?」 「ああああああああ……!」 血の雨が、ナィアの顔を濡らした。 真っ白になる意識の中で、爪を受けたままの体が浮き上がるのを自覚する。その浮遊感に、取り敢えず兵衛は満足した。 ナィアを脱出させた時点でわずかに身を沈め、間一髪で牙を避けたのだ。もらうのが爪でも即死する可能性は充分有ったが、モンクとして鍛え上げた体は何とか持ち堪えてくれたらしい。もっとも失血死は免れない――か。 「キミこそ…!」 下から聞こえたと思った直後、ナィアの姿が視界をよぎった。結構な高みを舞う龍を易々と越える跳躍力。 「キミこそ!何のつもりだよ!」 一瞬だけ映ったナィアの面差しは、自分のそれよりも青ざめて見えた。 「ああ、すまん……余計だったよな……」 「何のつもりだって訊いてんだ!」 「………」 激痛をこらえ、龍の背を見上げる。 「…生きててくれ」 血の香る笑みと、それを呼ぶには――あまりにも優しすぎただろうか。 「誰を亡くしたのかは知らない……殻に籠もるのも、俺は止めない……ただ……」 身を乗り出してくるナィアを、兵衛は愛しげに見守った。 誰とも寄り添わず、独りで生きられる者は、強い。身軽なのだ。傷つくことも、傷つけることも恐れずに済む。いざとなれば命すら容易く投げ出せる。たった今ナィアがそうしたように。 (でも、こいつはまだ違う) 独りになろうとしているだけだ。 彼女は知らない。己の殻の中の寒さを。遍く感覚が消えて失せ、温もりを求める狂おしい叫びすら遙か遠ざける孤独の冷気を、肌に感じたことは無い。 ――耐えかねて逃げ込んだ日溜まりも。 幾つものリンクシェルの最期を看取り、兵衛もまたあの目で生きたことがある。必要以上のことは話さず、誰にも――リュークやジェシカにすら心を開かないままで。 でも、そんな自分を、痛い方がマシという結論を抱いておめおめと謝りに行った自分を、ジェシカはとびっきりの笑顔で迎えてくれた。 (ああ……そうだ……) 血ではない何かが頬を伝った。あの時、ジェシカは言ってくれたではないか。おかえりと。戻ってきてくれて嬉しいと。なのに俺はそれすらも忘れて。忘れたことを許してくれた、彼女やリュークの優しさも、忘れて。 「寂しさとか、寒さとか、嬉しさとか……それが、どういうことか判るまで……あんたには……生きてほしいっ……て……」 「ホムンクルスだ!そんなもの感じない!」 「俺らと同じ人間さ…」 その刹那だった。 ブリューナクが突然動きを止めた。垂れ下がっていた兵衛の体が、爪から抜けて投げ出される。 「うお…」 「兵衛!!」 苦悶に身をよじりながら、血塗られた男はなお笑っていた。俺の名前、知っててくれたのな? 背後に雪の大地が迫る。墜落死するかどうか、満身創痍には際どい高さだ。この衝撃に耐えられるか否か、賭けになることも承知の上だった。 不意に、体に何かが触れてきた。
――目を醒ましたとき、兵衛は崖壁に背をもたれていた。暫く気を失っていたらしい。 傍らで同じ姿勢をとる者に、問う。 「……助けてくれたのか?」 「まあね…」 荒い息をつき、ナィアは首肯する。 動かない龍から飛び降り兵衛を空中で抱き留めた後、僅かな魔力と未熟な白魔術を総動員して彼の胸の傷を癒した。一般的な“竜”騎士と違い、特殊な脳波でブリューナクを“操作”するナィアはワイヴァーンとの“絆”を持たず、精神を同調させて各種属性や治癒効果を持つブレスを吐かせることが出来ない。それを悔やんだのはこれで二度目だ。 「ありがとな」 「何故だ!?とか言えよ」 「お前が言いたそうだし」 「………まあね」 不承不承に、ナィアは上空の一点を指差した。ブリューナクが遠巻きに旋回している。 「あいつ、降りて来ないんだけど」 「入って来れないのさ」 「何故だ!?」 「――ここは真龍の縄張りだ」 言われて、ナィアは息を呑んでいた。 龍は孤高――とりわけ真龍と呼ばれるウィルム族は、あまりに高潔な存在ゆえか同族の接近を極端に忌避し、それを排除する結界を張る。種族的に下位に属するドラゴン族やワイヴァーン族は、彼らの結界に決して近づこうとはしないし、何かの間違いで近づいたとすれば、 「ああなる」 ブリューナクは“間違い”を犯した。真龍のその膝元まで、ナィアに導かれ踏み入っていた。 彼らの位置から、結界の主は見えなかった。雄大な体躯を目に留めさせることすらせぬまま、頂に己が聖域を誇示する、氷雪を司る“大界蛇”。 龍王の墓守・黒龍ヴリトラ、アットワの混沌龍ティアマトと並び称される、ヴァナ・ディール最強の三龍が一。 そして兵衛が求めた“搦め手”。 極北の蒼龍、ヨルムンガンド。
咆吼が、白き山々を揺るがした。
「……すっげぇ」 ビリビリと揺れる空気に身をさらし、兵衛は笑っていた。 ブリューナクを弾いた結界、その影響を自分やナィアが全く受けていない事実が、何だか無性に可笑しかった。 「同じなんだろうな」 ホムンクルスだろうと、自分の結界に勝利を賭けて駆け上ってきた男だろうと、ヨルムンガンドには同じに見える。真龍の目に映してみれば、どちらも無力で取るに足らない小動物だ。せいぜい養殖と天然の違い。それ以上でもそれ以下でもない。 あんなにでっかい龍がいて、その庭の隅にこんなちっぽけな人間がいる。これは世界の縮図だと思った。途方もない大きさの図体を揺らして“自宅”にぼんやりと(?)引きこもるものと、ケシ粒のような己の中に、矛盾と混沌と――数えきれない想いを詰め込んで、こねくり回して悩んでばかりいる小さな小さな生き物と。兵衛は嬉しかった。真龍がいてヒトがいるなら、どんな生き物も、どんな生き方をする者も、世界はきっと住まわせてくれる。 「……でも、姉さんは死んだ」 膝を抱え、ナィアは言った。 世界から去った姉妹のことを。 「死んだとき、痛かった。あんなの初めてだった……キミもああいうの感じたこと有る?」 「何度も」 「じゃあ判るでしょ。ボクは独りのままでいたいんだ」 「だからそれを止める気は無いさ」 生きててくれ。それだけを、兵衛は繰り返した。 ただ、付け加える。 「ガマンできなくなったら遊びに来な。いつでも」 「それじゃ独りって…」 「言うんだなぁこれが。独りぼっちって自動詞なんだぜ?意外なことに」 「じどーし?」 「自分の気持ちひとつってことよ」 笑みで細めた両の眼に、はっとするほど真摯な光が宿っていた。自分自身に向けた言葉。絶対に忘れまいと刻み込む、言の葉。 意を汲み取れず、ナィアは何となく男から目を逸らし―― そこに、赤い人影を認めた。 「おぉ」 兵衛が手を振る。リュークに。 「相棒」 「か、勘違いするな。別にお前のために来たわけじゃ」 「他にどんな理由が」 「お前を呼びに来た。あまり時間が無いようなのでな……」 銀髪・赤衣のエルヴァーン族は、言いながらナィアにそっと目礼した。 その目があまりに沈痛な理由を、ナィアは知っていた。何も言わず、ただそれに応じた。
静寂が包んでいた。 歌を紡ぐ者と、魔を詠う者。闇色の回廊に佇む二人のヒュームは、それぞれの声を無くしたかのように、一言も発さぬ時を過ごす。 ――大した時間ではなかった。これまでに比べれば。 王の間へと続く赤き扉(ひ)の前で、ミリィはいつ果てるともなくディアスの背中を見詰め続けた。 「――判らない――」 それが、三年ぶりの声だった。
to be continued. |
| 投稿日時:2007-06-25 00:17:30 |
| [004] 遅くなりました〜 |
| 投稿者:さそ(下級職人) 投稿数:50 |
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いや申し訳ございませんorz
Banditさん> 力み過ぎたかなあ、と苦笑い気味に振り返ってます。 自分の意見を物語に盛り込む作業はやっていて充実する反面、そのせいでお話そのものに悪影響を与えないよーに、伏線張りやら何やらと両立するよーにと考えにゃならんことが多過ぎてあっぷあっぷするんですよね。まあ何でそんなことになるかというと、予め予定を立てること無くいきなり放り込むからなのですが…(笑)。 まーしかし、実際んとこどうなんでしょうね。ひとりぼっち。仲間。友だち。家族。恋愛。考え方はそれこそ人の数だけ有りそうですが、難しいなあ。
JRさん> 夜来風雨の……おお!そういえば!(おいぃ?) ナィアにしてみれば生まれてからの三年間「暁を覚えず」ゴロゴロしてた所にこのトーク、さぞ騒がしい一夜になっていることと思われます。兵衛も兵衛で夜の嵐と鳥の鳴き声、両方自分で巻き起こしたわけで、まったく難儀な男です、はい(笑)。
兵衛の問題が意外とあっさり片づいたので最終回では思いっきりディアスとミリィが描ける反面、読みにくくしちまったなーと反省することしきり。まあ悩んでも仕方無し、最後にガッカリ砲を撃たぬよう気張って描写して参りますぞーう。
点数:0 点
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| 投稿日時:2007-07-18 23:01:00 |
| [003] 感想記事の投稿失礼致します。 |
| 投稿者:JR(名取) 投稿数:96 |
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ビバ! 兵衛さん!! ビバ! ナィアさん!!! 今回、この二人の遣り取りにもっさりとのめり込ませて頂けました。前回の『名も亡き』の感想で頂いた感想記事は、今作の兵衛さんとナィアさんの遣り取りのことだったのですね。確かに感じました「夜来風雨の声」。(失礼致しました;) 次回最終回とのことでとても楽しみです。ミリィさんはディアスさんとの決着をどう付けるのでしょうか。その他にも気になる行方は幾つも御座いますが楽しみに待ち焦がれております!! ラスト頑張って下さい^^
点数:7 点
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| 投稿日時:2007-06-29 02:08:09 |
| [002] いやはや。 |
| 投稿者:Bandit(目録) 投稿数:137 |
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狙って来ましたねぇ。 いや私事なんですが、最近こう人間の孤独とか寂しさとは何ぞやみたいな事をだらだらと考えておりまして、色々検討した結果「種の存続」あたりに思考が辿り着いて←今ここ ってな具合だったので、今回のお話は結構ツボでありましたええ。尾を引きそう。 しかしどうなんでしょうね実際。
とにもかくにも、これは(書き手として)書いていて楽しいだろうなと。なんつーかそれに尽きる。 負けてらんねーなーという気になります。
次回とうとう最終回、名残惜しくもあり楽しみでもあり。 激しく期待しております。 あとリュー君はここに来てツンデレか(笑)。
点数:9 点
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| 投稿日時:2007-06-28 00:53:03 |
| [001] …長ッ |
| 投稿者:さそ(下級職人) 投稿数:50 |
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お久しぶりです、さそです。 ……………………久しぶり過ぎて懐かしいです、『voice of the...』続編をお届け致します。 いやもう正直ほんとすみませんでした。またやっちまいました、年単位の超ロングご無沙汰。これに関しては言い訳も何も無くただ謝るしかございませんです。読みにくくしてしまったことに平に平にご容赦をorz
あと、今回めたくそに尺が長くなってしまいました。これまた別の意味で読みにくい……この辺の事情に関しては次回のココで言い訳させて頂きたいわけでありますが……。
えー、しっかし気になってはいたことですが、メインを張るべきミリィとディアスが全然影薄くてこの後の局面大丈夫なのかと今から(今更)頭を抱えております。そんなこと考える余裕も本編書いてる時は無かったけどよォーーーアハハハハハ!
それも含めて、とにかく今回自分が最初に作ったプロットの甘さを恨んで呪って怨嗟の呻きを二十四時間態勢で発し続けておりました。ヨン様のトリックとか何だYO!あんな大仕掛け事前に何の伏線も無く唐突に出すんじゃないよバカチン!同時進行で兵衛とかナィアとかリュークの描写のこのカオスな回、もぉ全体の構成力ってものの大事さをイヤと言うほど思い知らされましたとも……でも第一話を書き出す前に組むプロットではそのシーンそのシーンに眠ってる要素を掘り出すのに限界が有って、掘り出し物は何が何でも捨て置けないのが私の哀しいサガなワケでして……ビバ現場主義。戦術は戦略より優先だ。
何はともあれ、今回も御一読頂きありがとうございました。 次、最終回です。よろしければ今暫く、おつきあい下さいませ。
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| 投稿日時:2007-06-25 00:23:00 |